075.風呂上がり
「クラマスー、俺の部屋でみんなで飲みますけどクラマスもどうですかー?」
「いいのか? 俺が行ったらある酒全部飲んじまうぜ?」
「ははは」
「はははじゃないんだわ」
なんで冗談言ったみたいになってるんだよ。
なんて思いつつちょっと忙しい予定の明日に備えて断って、食堂から出ていくメンバーたちを見送る。
七つ目の鐘が鳴って少し、まだ食堂にはちらほら人影が見える。
もう自室で休んでるメンバーもいるけれど、寮に門限があるわけでもないので外を遊び歩いてるメンバーも多いかな。
ルナとソフィーはまだお風呂だろうか。
俺は普通に風呂を入ってきてからしばらく経つけど、女子は風呂が長いっていう統計があるし。
まあ実際に髪が長い分、それを洗うだけでも時間が長くかかるのは自然ではあるけど。
背中まで髪を伸ばしているルナは特にそうだし、ルナほどじゃないけど肩より下まであるソフィーもそう。
「ユーリさん」
そんなことを考えていると、その想像の本人、ソフィーの声まで聞こえてきた。
「あれ、ソフィー?」
振り返ると立っているのは現実のソフィー。
お風呂上がりでまだ髪は濡れていて、桃色に染まった頬は抱きしめたら温かそう。
「本当にソフィーだ」
「えっ、どうしたんですか??」
一応俺の幻覚じゃないことを確認するようにその頬を撫でると確かに柔らかくて温かい。
そんな俺の様子に、今度はソフィーが困惑の表情を浮かべているけれど。
「いまソフィーのこと考えてたらちょうど現れたからビックリしちゃった」
「そうだったんですね」
まあここで会ってもおかしくはない相手なんだけど、さっきおやすみの挨拶をしたから顔を合わせるのはまた明日だろうなと思っていた部分はあった。
「ルナはまだお風呂?」
「いえ、ルナちゃんなら部屋に戻りました」
「そっか」
二人ともちゃんと温まれたならなにより。
「いいお湯だった?」
「はいっ!」
「ならよかった。なにか飲む?」
話し始めてから立ったままだったソフィーを座れるように促すと、彼女は首を横に振った。
「それよりユーリさんにお願いしたいことがあるんです」
「どうしたの?」
なぜか恥ずかしそうなソフィー。
顔も赤いし、もしかして愛の告白だろうか。
いや、顔が赤いのは風呂上がりだからか。
とはいえそんなソフィーが意を決した様子でいう。
「ルナちゃんにやってたみたいに、髪を乾かしてくれませんか?」
「いいよ」
「いいんですか?」
「もちろん。むしろ断る理由もない」
かわいい女子の髪を乾かすのを任されるとか役得まである。
というか乾かしてほしいならあの時ルナと一緒に言えばよかったのに、なんてことは言わない。
きっと複雑な乙女心があるんだろうから。
だからといってフラグが立ってるとは思わないけど。
「んじゃ、ここ座って」
「はい、お願いしますっ」
俺が立ち上がった椅子にソフィーを座らせて、自分はその後ろに立つ。
彼女の髪はまだ湿気を帯びている。
そしてわずかにぴょこぴょこと動く耳を見ながら髪に指を通した。
「 【熱風】 」
ルナの時と同じように指から風を出して、持ち上げた彼女の髪に空気を入れるようにその風を通していく。
「熱くない?」
「はい、大丈夫です」
「なら良かった。よしよし」
「ほわっ……」
髪を乾かす合間にソフィーの頭を撫でると、なんだか油断しているような声が漏れ聞こえた。
周りにいるメンバーに不審な目で見られないように、頭を撫でるのは程々にしておこう……。
「ソフィーの髪はわちゃわちゃしてるね」
「ルナちゃんみたいなさらさらした髪が羨ましいです」
「そう? 俺はソフィーの髪も好きだよ」
確かにソフィーの茶色の髪はルナのように流れ落ちるような真っ直ぐの髪ではないけれど、個人的にはそんな彼女の髪も好きである。
「うー、ちょっと複雑です」
まあ人に褒められたくらいで気持ちが変わったら苦労しないか。
それにわちゃわちゃしてるって言葉選びもちょっと悪かったかもしれない。
あと誰に言われるかにもよるだろうけどね。
相手が恋人なら信じられる褒め言葉っていうのもあるのかもしれないし。
というかさっきから気になってたんだけど、こうやって後ろに立って髪を乾かしていると肩越しでも見えるソフィーの胸がちょっと気になる。
ルナならこの角度なら絶対に見えないのに、一歳の差で凄い戦力差だ。
まあルナがいまから一年経ってもソフィーみたいになる姿は全く想像できないんだけど。
「……、ユーリさんどうかしましたか?」
「ううん、なんでもないよ」
至近距離で騒音もなく互いに無言だと、わずかな気配の変化も感じ取られてしまうらしい。
気をつけないと。
というか信頼して背後に立たせてくれているんだから、あんまり邪なことを考えるのはやめておこう。
相手が付き合ってた頃のバーバラなら、このまま胸揉んでも許されたけど、なんてことを思い出してもしょうがない。
はぁ、彼女欲しいぜ。
「いっそ髪乾かし屋さんとか仕事にならないかなあ」
もちろん女性限定で。
そうしたら出会いもあってモテモテになれる気がする。
「ユーリさん、クラマス辞めちゃうんですか?」
「それは難しい問題だね」
諸々考えて辞めるのは難しいけど、将来のセカンドキャリア的な考えならありじゃないだろうか。
そもそも髪乾かすだけの仕事に需要がないって?
うん……。
なんて思ってると周りから声をかけられたりはするんだけど。
「クラマスー、あたしもそれやってー」
「今はソフィーにしてるからまた今度なー」
「えー、ソフィーばっかりずるいー」
ずるくはないでしょ、先約を優先するのは常識だよ。
「クラマスー、俺にもやってください」
なぜか男にもお願いされたりしたり。
「わざわざゆっくり乾かさなくても一瞬で乾かせるし、そっちでいいならいいぞ」
「えっ、そんなのあるんですか? じゃあなんでソフィーの髪撫でてるんですか?? もしかしてセクハラですか???」
なかなか言うじゃないの。
まあこれはソフィーから頼まれたことなので、もし下心があってこうしててもセクハラにはならないけど。
「そっちはやったら髪がどうなるか分からんからな。松の葉みたいにガビガビになるか、焦がしたみたいにチリチリになるか、どっちにしても保証はできん」
「っす……。やめときます……」
練習したら良い感じに一瞬で乾かせるようになるかもしれないから実験の犠牲になってくれるなら大歓迎だったんだけど、残念。
そんなこともありつつ邪魔者はみんな追い払って、ソフィーの髪を乾かすことに集中する。
頭の上でぴこぴこ動く二つの耳が気になるけど我慢。
我慢我慢。
ぴとっ。
「ひゃっ……。んんっ……、ユーリさん、わざとやってません?」
「わざとって言ったら怒る?」
「怒りませんけど、くすぐったいから程々にしてほしいです……」
「わかった、程々ね」
程々がどれくらいかはわからないけど、とりあえず今日はもうやめておこう。
「ユーリさん」
「んー?」
「ルナちゃんはよくこうやってユーリさんに乾かしてもらってるんですか?」
「いや、前はちょくちょくやってたけど、最近はあんまりかな」
「そうなんですね」
「そうなんです」
俺が言うとソフィーがくすりと笑う。
「よし、こんなもんかな」
そんな一幕もあり、結構な時間をかけて丁寧に乾かしたしソフィーの髪は、濡れていたさっきまでと違ってふんわりとしている。
こうやって見るとやっぱり、ソフィーの髪も俺は好きだよ。
「ユーリさん」
「どうしたの、ソフィー」
振り返らずに顔を見せないまま声をかけられてそれに応える。
「髪を乾かすの、また、お願いしてもいいですか?」
「もちろん、いつでも何度でも」
「ありがとうございます」
快諾すると、振り返ったソフィーは嬉しそうに笑う。
俺はただ髪を乾かしていただけだけど、もしかしたらソフィーにはなにか特別な理由があったのかもしれない。
彼女の笑顔を見てなんとなくそんな気がした。
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