074.髪をかわかす
「んじゃまあそのままの格好でいいけど身体は温めておこうか」
雨に打たれた身体は夏であっても温めておいた方がいいだろう。
気温はあっても降る雨は結局熱を奪っていくからね。
「はい、でも火でも起こすんですか?」
「いや、流石にそこまでは出来ないからもっと簡易的にだけど。ソフィー、手を出してもらえる?」
「はい」
頷いて片手を差し出しかけたソフィーが、胸を隠す手が片方だけになったことに気付いて慌ててその胸を隠し直す。
その上で恥ずかしそうにしながらも俺のお願い通りに手を差し出してくれた。
「兄さん、セクハラはよくありませんよ」
「そんな意図はないのに誤解されてつらいよ……」
まあ今のはちょっと俺も悪かったと思わなくもないから甘んじて受けるけどさ。
このままだとその気はないのにライン超えのセクハラ判定をされそうなので、手早く済ませてしまおう。
ちなみに下着の有無で胸の揺れ方が違うんだなあなんて思ってはいない。
「 【発熱】 」
ソフィーのその手をしっかり握り、そう唱えると繋いだ手の部分がだんだん温かくなっていく。
「温度はこんなもんでいいかな、ソフィーはどう?」
「はい、あったかいです」
夏とはいえ雨に打たれて冷えた身体にその温かさはお風呂に入っているようにぽかぽかして心地良い。
温度調節は済んだので、そのままその熱をソフィーの身体全体に移していく。
「ほわぁ……」
その過程で気持ちよさそうな声がソフィーから漏れた。
これで身体が冷える心配はしなくても大丈夫かな。
「んじゃ、ルナも」
「それは別に構いませんけど、なんで兄さんは腕を広げるんですか」
「接触してる場所が広い方が効果が広がるのも早いからな、これが一番効率がいいだろ」
「シンプルにお断りします」
「そんなぁ……」
たまにはスキンシップも兼ねてと思って抱きしめようかと思ったら真顔で拒否されてしまった……。
「というかそれは、肌が触れていなくても出来るんですね」
「まあ多分」
感覚的に直接の方が温度の調整がしやすいけれど、別に服越しでも問題ないとは思う。
「なら手ではなく背中にしてください」
「なんで?」
「そこが一番早く全体を温められるでしょう?」
「まあ確かに」
触ったところから段々と広がっていくなら、中心を起点とするのは理に適っている。
「俺は前でもいいけど?」
「殴りますよ?」
「ごめんなさい」
素手ではもうルナに勝てるか怪しいので素直に謝る俺。
ということで前は却下されたので後ろから、長い髪を避けてルナの背中に手を当てる。
そこはシャツ越しでもわずかに背中の感触が分かった。
真ん中に背骨があって、その両側に薄く筋肉がついている。
その感触で、『ああ、ルナも下着はしていないんだな』なんて改めて思ったりもしたけど。
だからといって興奮するわけでもないので、そのまま粛々と進める。
これがルナじゃなくてソフィーならドキッとしていたかもしれないけど。
「 【発熱】 。どうだルナ?」
「そうですね、悪くないです」
「ならよかった」
そのまましばらく触り続けていると、ルナから十分と言われたので手のひらを離す。
すると背中を向けたまま、ルナから追加の注文が降ってくる。
「兄さん、髪も乾かしてください」
「はいはい、ごめんソフィー、ちょっと待ってね」
「はい」
そのまま片手に人差し指と親指で輪っかを作って唱える。
「 【熱風】 」
同時に指の輪っかから熱い風が勢いよく吹いた。
ちなみに指の形に意味はない。
そして逆の手でルナの髪を持ち上げ、少しずつ乾かしていく。
今は髪も長く乾かすにも手間がかかるルナの髪だが、もっと昔のまだその髪が短い頃はよくこうしていたので手慣れたものではある。
「気持ちいいか?」
「そうですね、悪くないです」
基本的に素直じゃないルナの中ではかなり上々な反応だ。
「ルナの髪はいつまでも経ってもさらさらだなあ」
これに関しては10歳の頃から14歳の今まで変わらないので、これからもずっとルナの髪はさらさらな気さえしてくる。
「馬鹿なこと言ってないでちゃんとやってください。ソフィーが待ってますよ」
「そうだった」
まあ別にふざけていたわけでもないんだけど、人を待たせているんだからなるべく素早く済ませたい気持ちはある。
「よし、完成」
言って出していた熱風を止める。
最後に確認するようにルナの後ろ髪に手を突っ込んでそのまま下まで流すけど湿気は感じないので完璧だ。
「ソフィーお待たせ」
「はいっ、大丈夫です」
「せっかくだし、ソフィーも髪乾かしていく?」
「えっ、あたしですか?」
「そうそう。ソフィーさえよければだけど」
ルナが乾かしたんだから逆があってもいいだろう。
「えっと、やめときます」
「そっか」
まあ強要するつもりはない、というか強要したらセクハラである。
「それじゃあ帰る前に……」
もう服は乾いたし身体も温まったけど、ソフィーが恥ずかしそうに胸を隠している問題は解決していない。
「とりあえずこれかな」
俺が荷袋から取り出したのは一枚のマント。
「悪いけど一枚しかないから二人で入ってね」
男物でさらに大きめのそのマントは、女の子二人が密着すればまとめて覆えるくらいの幅があった。
「どうでもいいですけど、兄さんはなんでこんなものを持っているんですか」
今日は普通にお出かけなので荷袋は街中用であり、こんな使うことなさそうなものがなぜ入っているのかというのはルナからしたら当然の疑問かもしれない。
「だって格好いいだろ?」
「いえ、全然」
「嘘だろ!?」
「そんなセンスだからモテないんですよ、兄さん」
「いやいや、そんなことないって。ソフィーもそう思うよね?」
「あ、あたしですか?」
「うん」
「いいんですよ、ソフィー。素直にセンスがないと言っても」
「えぇ……、あたしは、悪くないと思いますよ」
「ほら」
多数決の結果、二対一で俺の勝ちだ。
「私はソフィーが悪い男に騙されないか今から心配です」
「えっ、あたし?」
「どういう意味じゃい」
「言葉通りの意味ですよ」
「文句があるなら使わなくてもいいんだぞ?」
「……、さあソフィー、帰りましょうか」
なんやかんやと言っていたルナも、下着無しで外を歩くのは遠慮したいようだった。
じゃあ俺の完全勝利ってことで。
「んじゃそろそろ帰ろうか」
「帰るのはいいですが、どうやって帰るんですか」
そういってルナが見上げるのは未だ雨雲の覆う空。
せっかく乾かしたのにまた濡れては意味がないというルナの意見はもっともだが、ちゃんと考えはある。
「 【水球】 」
唱えると頭上に水の球が出現して、それを平たくなるように伸ばす。
するとその下には、雨が降らない空間が生まれていた。
「なるほどー」
見上げると、水球に落ちた雨はそのまま波紋となって吸収されて、その分下は平和なものである。
「ユーリさん凄いです」
「ふふん」
まあそれほどでもある、と言いたいけど魔術師なら普通に同じことをできるのでそれほどでもない。
「どうして最初からこれをやらなかったんですか兄さん」
「急な雨だったからな」
あと滅茶苦茶目立つのであんまりやりたくなかったっていうのもある。
それはもう諦めたけど。
しばらく雨が降り続いていたし、もうみんな家に帰ってる頃合いだろう、と思いたいところだ。
ということで三人でその水の傘の下に入って帰り道を歩き始める。
三人でくっついて歩いて帰るとちょっと楽しい。
なんて言うとルナにまた呆れた目で見られるだろうから言わないけど。
「水の下を歩いてると不思議な感じですね」
「あれが落ちてきたらずぶ濡れだろうからね、ちょっと気になるよね」
「空気じゃ作れないんですか、兄さん?」
「空気でも多分できるけど、水を通さないなら同じ水で吸収しちゃった方が楽かな。空気の層だと外に弾かないといけないし」
「それでもいいのでは?」
「真下にいる側はそれでいいけど、傘の周りにいる人間には弾いた水が降ってくるから大迷惑だぞ」
「なるほど」
今は通りに誰もいないからいいけど、他人に水ぶっかけたら普通に迷惑行為である。
それなら最初から水で傘を作ったほうが平和だし。
まあそれも俺が浮かべた水を落とさない前提だけど。
「ちゃんとしてくださいね、兄さん」
「がんばってください、ユーリさん」
そんなに応援されると良い格好したくなっちゃうよね。
まあ特にできることもないんだけど。
「んー、到着」
クランハウスに到着してやっと屋根の下に入り、広げていた水球を解除するとドボンと滝壺のような音がした。
ちょっとおもしろい。
「やっと帰ってこれましたね」
「お風呂入りたいですー」
「そうだなー、ゆっくり浸かって温まってくるといいよ」
「はい!」
もう夜もいい時間なので、お風呂でゆっくりしたらそのままお休みしてもいい時間である。
若い子なら特にね。
もう立派に稼いでるからよく忘れるけど、まだふたりとも育ち盛りだからよく寝るのは良いことだ。
「ユーリさん、今日はありがとうございました」
「うん」
「兄さんも、風邪ひいたりしないでくださいね」
「あいよ」
雨宿りで服は乾かしたし身体も温めたけど、雨の外は少し肌寒いので俺も風呂で温まろう。
「それじゃあ兄さん、おやすみなさい」
「おやすみなさい、ユーリさん」
「ルナもソフィーもおやすみ」
挨拶をして寮の入り口で二人と別れた。
まあそのあと一人だけとは寝る前に再会するんだけど。
★長くなったのでもうちょっとだけ続きます。
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