とあるデスゲーム事業部のBBQ

 源氏ホールディングスの地下施設にて。

 珍しく仕事をしていた鳳凰寺若紫は、机の上に積まれた書類の山を見て、うんざりとした顔をした。


「……ねえ。この稟議書、私が全部見ないとダメなのかしら?」


 横に控えていた煙草の黒服が、おずおずと応じる。


「内容は既に精査して役員まで承認済みの稟議なので、若紫様が見なくても問題はないのですが……。ただ、若紫様は代表取締役ですし。やはり今、会社で何をやっているかは把握しておいて頂かないと。株主総会などで説明を求められた時に知らないとは言えませんし。ご面倒ですが、ここはお目通し頂けると……」


 珍しく、煙草の黒服は若紫にやんわりと意見する。

 稟議書とは、会社で経営や事業を決定する際の書類である。

 黒服の言葉通り結論から言えば若紫が稟議書を見なくても、会社は何の問題もなく回っていくのだが……。もしも何か問題が発生した場合、後で若紫に『知らなかった』『聞いてない』などと言われてしまうと、下の人間が全ての責任を負う羽目になる可能性があった。

 なので責任を回避するため、何としても若紫には稟議書を見ておいてもらいたい……と、煙草の黒服は思っていた。

 

 ……というかさ。責任を取るのが経営の仕事なんだから、ガタガタ言わずに書類ぐらいさっさと見ろよ。と煙草の黒服は内心で思うが、それは口が裂けても言えない。

 若紫もこれ以上、駄々をこねるつもりはないらしく、溜息を吐いた。


「……はいはい、わかったわよ。仕事すればいいんでしょ。やるわよ仕事」


 心底だるそうに、机の上に積まれた稟議書を手にとる若紫。

 しばらくして。ふと若紫が稟議書の日付を見て、思いついたように言う。


「そういえば、もう11月も終わりね。みんなの慰安も兼ねて月末の業後にBBQでもやりましょうか」

「……び、BBQ、ですか?」

「そうそう。ほら11月29日は語呂合わせで『いいにくの日』って言うじゃない。折角だから、事業部の若手を集めて焼肉をやりましよう。飲食代は経費で落としていいから、企画しておいてちょうだい」


 ……。

 あああああああッ! 面倒くせえええぇぇぇぇッ~~~~~~!

 と黒服は内心で思うものの拒否する事は勿論できない。

 上司の命令には逆らえなかった。

 サラリーマンだもの。


 「……承知しました」


 と黒服は頭を下げた。


 

 地下施設、会議室にて。

 坊主に天然パーマの黒服、いつもの幹部黒服の面々を集めた煙草の黒服は、肘杖をついて言う。


「という訳だ。月末にデスゲーム事業部でBBQを開催する。どうしよう?」


 天然パーマの黒服がだるそうに口を開く。


「だからさ! 毎回毎回、下らない議題で呼び出すなって。……どうするも何も、若紫様がやるって言うならやるしかないじゃん。何か問題でもあんの?」


 坊主頭の黒服が天井を仰ぎ見る。


「……問題は、参加者が集まらない事だろう。社内イベントなんて、若手社員は当然嫌がる。というか今の時代、社内イベントでBBQをやりたいなんて思う社員はいないと思うんだが……若手は特に……」


 煙草の黒服が嘆息した。


「そう、それな。若紫様もさ、考え方が平成どころか昭和なんだよな……。なんだろう。こういう会社のスポーツ大会とか飲み会とか、経営者は従業員の慰安のつもりでやるんだけど、従業員からすれば迷惑以外の何物でもないよな。そんなもんに経費をかけるぐらいなら、給料を増やしてほしい。もうさ、どうでもいいから早く帰りたいよ俺も。仕事終わった後の業後にやるから、どうせ残業代も出ない訳だしさ」


 天然パーマの黒服が驚いた様に訊く。


「は? 残業代でないのかよ?」

「……出るわけないだろ。人事部からも残業は五月蠅く言われてるし。焼肉代は経費で落として良いって若紫様から言われているから、会費は大丈夫だと思うが」

「いや~……でも残業代でないなら、管理職はともかく若手は絶対に参加しないと思うぜ」

「俺もそう思う。でもさ、人数を集められないと、やっぱり若紫様の顰蹙を買うだろ。社内BBQに参加しなかった若手社員を集めて、デスゲームをやらせるとか言い出しかねない。それでみんなに参加してもらうために、どうしよう……というのが、今日集まってもらった会議の議題だ」

「そんなの議題にされても困るんだが。それならもうさ、何とか言って若手は強制的に参加してもらうしかないんじゃねーの?」

「おいおい、昔と違うんだぞ。そんなことをすればパワハラになるだろ」

「どうしようもなくね? この話」


 三人はぐだぐだの会議を続けるが、結局、有効な打開策は出ない。

 翌日、煙草の黒服は試しにデスゲーム事業部で、月末に開催する社内BBQの旨の回覧板を回して出欠席をとる。結果はやはり予想通りで、参加率はデスゲームの生存率と同じぐらい低いものだった。


 このままでは若紫の怒りを買う事になるのは確実だった。 

 ……結局、最終的には幹部黒服三人のポケットマネーで商品券を買い、寸志としてデスゲーム事業部の社員に配り社内BBQの参加者を確保。

 良い肉の日に開催された社内BBQには若手社員も多数参加して、若紫の怒りを買う事もなく無事に終了する。

 幹部黒服達は、11月29日を乗り切ることに成功した。

 

 かくして。中間管理職である幹部黒服達の実力(?)で、源氏ホールディングスという会社は今日も円滑に回っていく。


 ポケットマネーからの多額の出費で、本格的な冬の到来を前に懐が寒くなった煙草の黒服が最後に呻く。


「あ~俺もうこんな会社、はやく辞めて転職したいわ~~~~~」




--------------------------------------------------------------------

【あとがき】


 読んで頂いて、ありがとうございます! 作者の枢木縁です。


 Twitterでも再三の告知で申し訳ないのですが……笑

 本作は現在、次にくるライトノベル大賞2024にノミネートされています!


 良い感じに続編も書きたいと思っておりまして。ランクインできると色々と変わる部分もあると思いますので、是非とも投票、よろしくお願いします!!!!


 下記より簡単にできますので是非!


 http://tsugirano.jp

『横溝碧の倫理なき遊戯の壊し方』ノミネートNo.141となります。


 引き続き、横溝碧をよろしくお願いします!


---------------------------------------------------------------------

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

横溝碧の倫理なき遊戯の壊し方(SS) 枢木 縁 @kururugi_yukari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ