【魔女の殺し方】甘灯の思いつき短編集より

甘灯

魔女の殺し方 

「貴方は魔女の殺し方をご存知ですか?」


 安らぎを与えるような穏やかな声で、女は不穏な言葉を投げかけた。

フードを目深く被り、女の顔ははっきりと見えない。

 しかし垣間見える唇は妖艶で、美しく、静かに微笑みを浮かべている。

青年がベットで目を覚ました時には、すでに女は病室の椅子に座っていた。

知らない女のはずだが、青年はどこか懐しい心地よさを感じ、警戒心はまるでなかった。


「んー……火炙ひあぶりじゃないかな?」


 青年はベットから上体を起こし、少し間を置いてから答える。


「なるほど…魔女狩りと言えば、やはり火炙りの刑が有名ですからね」


「そうだね。…他にも諸説あるみたいだけど……どの文献にも火炙りの刑が載ってることが多い」


「そうですね。でも残念ながら、ハズレです。魔女は火炙りでは決して死にません」


「…そうなんだ」


 青年は意外そうに呟いた。


「でも、この文献では「火炙りによって多くの魔女が処刑された」って書かれてあるし、絵画も載っているよ。見てみるかい?」


 青年は脇においていた本を女に手渡す。

女はペラペラとページをめくった。


「…確かに、この本の記述きじゅつには火炙りで魔女が討ち滅ぼされた、と書いてありますね」


「そう」


「ふふ、まったく違いますけど」


 女は可笑しそうに笑って、本を閉じた。


「違うのかい?」


 青年はすぐに聞き返した。


「ええ…傷みを伴うことは双方共通していますが、火傷をしたら治りにくい、重度が高ければ跡が一生残る人間と違って…魔女の場合は瞬時に自己再生します。どんなに深い火傷を負っても跡は一切いっさい残りません」


「……まるで……不死鳥みたいだ」


「確かに、似ているかもしれませんね」


「でも、それだと死ねずに焼かれ続けて、永遠の苦しみを味わうことになるね…」


「ええ。ですから、魔女の恨みが強い人間には魔女が苦しむ姿はさぞかし心踊る光景なのでしょうね…。魔女にとってはこの上ない苦しい拷問ですが」



「心躍る?…皮肉な言い方をするね。人間はいたぶることを楽しむのが好きだと言いたげだ」


 青年は不快感をあらわにしたが、女はどこ吹く風で、ただ静かに微笑んでいた。


「僕の祖父は生前…魔女を討ち倒したと誇らしげに語っていたよ。『悪しき魔女を倒して家族を守った!』とね。そして、そんな祖父を祖母もとても誇らしいと自慢していたよ」


「…そうですか。貴方のお祖父様の武勇伝…私もぜひ聞いてみたかったです」


「でも、貴女は“魔女は火炙りで死なない”と言っていたね?それなら何故、火炙りで多くの魔女は死んだと、多くの文献で残っているのだろう……」


「その文献を鵜呑うのみにする根拠はなんですか?」


「…祖父が生き証人だからだよ」


 祖父の話をさっきしたばかりのに、女は何故こんな投げかけをするのか、青年は不思議に思いながら答えた。



「…家族の言う事なら信憑性があると…貴方はそう言いたいのですね?では…魔女狩りの当時から生きている魔女は魔女狩りをなんと言っていると思いますか?」


「……分からないな」


 少し考えて青年は首を横に振った。


「なら特別に教えて差し上げます。他の人には内緒ですよ」


 魔女は形作りのよい唇に自身の人差し指をそっと押しあてた。


「そんな秘密を…僕に教えていいのかい?」


「ええ、あなたは『特別な子』ですから」


 女の言う『特別な子』に、青年は引っかかりに覚えたが、秘密への好奇心がまさった。


「…じゃあ、教えてくれるかい?」


「もちろん。魔女達の間ではその暗黒の歴史を「同胞どうほう殺しの業」と呼んでいます」


「どうして、そう言われているんだい?」


「……顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」


 そこで女は初めて青年に対して気遣う言葉を口にした。

青年は何故かこそばゆい不思議な気持ちになった。 

家族にまで見捨てられた自分の身を赤の他人である女は心配するのだ。

   

「…気にしないでいいよ。病人は寝てることしかできないし…とても退屈なんだ」


 青年は苦笑した。


「…では、お話を続けましょうか」


 そう言って、女は窓の方を向いた。


「大昔から大きな災いが起こるとそれはすべて魔女のせいにされてきました。

人間にとって、魔女は恐怖の対象です。人間は自分の命を脅かす恐怖をどうにか払拭ふっしょくしようとします。そのためにはその恐怖の『根源こんげん』を断つことが手っ取り早い。しかし…その『根源』である魔女は特殊な個体で、数は極めて少なく、歴史書に載るほどの数は存在していないのです」


「…そうなのか」


「はい」


「じゃあ、この本の記載されていることは嘘なのかい?」


「いえ、そうとは言い切れません」


「え?」


 青年は困惑した。

さっきの話で、女は火炙りで魔女は死なないと断言していた。

ならば記載されていることが嘘でなければおかしい。

青年の心を見透かしたように女は話す。


至極しごく簡単な話です。何も本物の魔女を殺す必要はありません。自分の以外の人間を“魔女”に仕立てあげて排除すればいい。そうすれば、簡単に恐怖は取り除かれます」


 青年は息を呑んだ。


「人間には魔女と人間の区別がつかない。だから魔女と疑わしい者は誰構わず全て殺すのです。

魔女狩りと称して正義を掲げる人間はただの臆病者です。己の恐怖心を拭う為だけに同胞を殺すのですから…」


 青年は言葉が出なかった。


「ですから、その本に書かれている魔女狩りで殺された『悪しき魔女』は…実は誰一人もいないのです」


「そんな…すべて人間だったなんて…」


「この話を他人に話すことは勧めません。話をすれば貴方は異端者いたんしゃだと批難ひなんさせられて異端審問官いたんしんもんかんに捕まり、酷い拷問を受けるでしょう。なので、あなたの胸の中だけに留めて置いてください」



「どうして…貴女は僕にここまで話をするんだい?」


「……昔語りをしたくなっただけです。たまたまここを通りかかったら、貴方が魔女に関する本を読んでいたので……ちょうどいい話し相手になると思って」


「ここは病院だよ?病気も怪我もしない『魔女あなた』には無縁の場所じゃないか」


「…確かに、病院は初めて来ました」


「僕が『魔女あなた』を異端審問官に差し出すと思わないのかい?」


 魔女はただ無言で微笑む。

青年は心を読まれている気がした。


「…まぁ、貴女を突き出すつもりは毛頭もないよ。幾らでも話し相手にもなる。もう時期…僕は死ぬ。言ってはいけない秘密事でも何でも気兼きがねなく話してもらって構わないよ。ほら、死人になんとやら…と言うしね」


 青年は自虐的に笑った。


「貴方は死にません。貴方は特別な子ですから」


「……さっきもそう言ったよね?…僕のどこが特別な子なんだ?手足は満足に自分では動かせない。べットの上でただ死ぬことを待っているだけの存在なんだよ?家族は僕が無駄に生きてることで治療代がかかると常になげいている…むしろ死ねば多少なりの保険金が入るから、僕が早く死んだらいいって思っているんだ。死ぬことでしか今の僕に価値はない」


「そんなことはありません」


「なぜそう言えるんだ?」

 

 青年は女の気休めの言葉にいらついた。


「私は貴方に生きてほしいと望んでいる。そして貴方には生きる資格がある。あぁ…やっと…あの日の約束を叶えてもらえますね」


 女は初めて感情をあらわにした。心底嬉しそうで高揚こうようした気持ちを隠しきれないようだった。


「……資格…?あの日の約束…?それは一体どういう………」


 その時、ドクンっと心臓が大きく跳ね上がった。


「くっ…!」


 青年は苦しそうに胸を抑えた。

心臓の発作だった。


「………時間ですね」


 女はそう言うと静かに椅子から立ち上がった。

そして青年の側に寄り添うと、青年に何かを握らせた。


「ナ…イフ……?」


 青年の手にナイフを持たせて、女はその手に自身の手をそっと重ねる。

そして自身の胸元に狙いを定めた。


「な、何を、するんだ…!?」


 青年は混乱した。


「私を殺すのです」


「!?」


「魔女である私の『命』を貴方に差し上げます。そうすれば貴方は健康な身体を手に入れられる」


「そ、そんな、こと…!」


 ドクン。


 心臓がまた大きく跳ねる。


(まずい…今度大きな発作が起きたら…僕は…)


「大丈夫」


 女は優しく言った。


「貴方を死なせはしない」


「や、やめ…ろ」


 青年にナイフを持たせたまま、女は自身の身体を青年に引き寄せた。     

ナイフを持った青年の手に確かな重みが伝わる。

女に抱きしめられる形で、青年はそのまま動けなった。


 カラン。

血に濡れたナイフが手から滑り落ち、床に落ちた。


「…あ…ああ…ぼ、僕……は…」


 青年は女をかき抱いた。

女の唇は血を流しながらも、とても穏やかな微笑みを浮かべている。


「なぜ…なぜなんだ!?」


 半狂乱した青年は叫んだ。

その時、青年はひどい頭痛が襲われた。


「くっ…頭、が…!」


 急にある記憶が鮮明に流れ始めた。










「お姉さん。これあげる!!」


 少年は紙に包んである飴玉を女に差し出した。


「どうして、私に…?」


「その飴ね。お姉さんの瞳と同じ色なんだよ」


 青年は照れたように頬を描きながら言った。


「そう、ですか」


「うん! とても綺麗な蜂蜜色の瞳だね」


「ありがとうございます…」


「えへへ」


「でも…本当はみにくい…ですよね」


 女は自身の顔をそっと撫でた。


「この顔…こんなただれてしまって…気持ち、悪いですよね……」


「そんなことないよ!!」


 少年は声を上げた。


「僕は知ってるんだ!お姉さんはとっても優しい人だって!!この街に奇跡を起こしたってことも!!」


「…君、あれを見ていたのですか?」


 心当たりがあるのか、女は息を呑んだ。


「うん…。この街は死の霧に呑まれてみんな死ぬしかなかった…。でもお姉さんが街を救ってくれたんだよね」


「死の霧は…身体を腐らせる魔女の死の呪い…私の同胞が犯した罪です…ごめんなさい。私がもっと早く彼女を止めていたら…多くの人間が死なずにすんだのに…!」


 “魔女”は悲痛な顔をした。

少年に責められるのを待っているようにも見えた。

しかし少年は首を横に振った。


「それは違うよ。お姉さんのせいじゃない!!」


 魔女は泣きそうな顔のまま、廃墟と化した静かな街を見渡す。


「彼女は人間をとても憎んでいました。気持ちはわかります。私も人間がとても憎いっ!……でも、この負の連鎖は断ち切らないといけません。そうでなければ魔女と人間が共に歩める道はない…だからもっと早く止めるべきだった!」


「…その顔は…その魔女の呪いを受けたからなの?」 


少年の問いに魔女は目を見開いた。しかしすぐに微笑む。


「君はさとい子ですね」


「どうしたら治るの?僕が治してあげるよ!!」


「ありがとう…優しい子」


魔女は少年の頭を優しく撫でた。


「どうすればいいの?」


少年の目に薄っすらと涙が溜まっていく。


「貴方なら私を救ってくれるかもしれませんね」


「ほんとに!!」


 少年は顔をぱっと輝かせた。

その姿に魔女は眩しそうに目を細める。



「でも…それはまだ少し先の話ですね。いずれ、また貴方に会いに行きます」


 魔女はそっと少年から離れて身を翻した。


「え…待って!!」


 青年は必死に手を伸ばした。


「あっ!」


 しかし少年の手は宙を掴むだけで、魔女は陽炎かげろうのようにかき消えた。





「その時は、貴方の手で私を殺してください…約束ですよ」


 魔女の声が呪いの様に耳に残り続けた。






「はっ…!」

   

 青年の意識が戻った。


「思い出した…僕は…僕は…この手で命の恩人を、殺したんだ…!」


 青年は悲しみに嗚咽おえつを漏らし、情けなく泣いた。





  トクン。トクン。トクン。


 青年は静かに鼓動する心臓の音を聞いた。


「……ああ」


 青年はゆっくりと自身の胸に手を当てる。


「……そうだね」


 青年は誰かに話すように、独り呟く。


「貴女は…ここに、僕と生きてる…」


 青年は幸せそうに微笑んだ。

そしてベットの上に寝かせた魔女のフードをそっと外す。

 魔女の顔はとても美しかった。

子供のときに見たただれた跡は一切なく、呪いが解けたのだと青年は悟った。


「…大好きだよ…僕の初恋の人…いつまでも…僕は貴女と一緒だ…」


 そう言うと青年は魔女に静かに口づけをした。




       ・

       ・

       ・



『貴方は魔女を殺す方法をご存知ですか?それは……』


                                   

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