第8話 リセット


 隆は四〇歳で眼疾により失明宣告された。なんとか仕事は続けてきたものの、四九歳で転職のために専門学校に入学、鍼灸師の資格を取って開業した。


 一五の春に千足村を出てから、前だけを向いて突っ走ってきた。そんな隆のベクトルを一八〇度かえる出来事があった。二〇一一年(平成二三)の東日本大震災である。


 何もかも呑み込んでいく津波の映像は、隆の価値観を崩壊させた。いても立ってもいられず、災害ボランティアに参加した。施術コーナーに並んだ被災者と故郷の人々がダブった。帰りの電車の中で、妻にメールしていた。

「過疎地の医療に貢献したい」

 妻からは「うん」と、一言だけ返事があった。


             ◆

 郊外の旧市街地に自宅兼治療院を建て、母校の小学校跡には分室も開設した。意気込みをよそに、視覚障害はますます進んで、隆は盲導犬ユーザーとなった。

 Uターン当初より往診の機会も減り、盲導犬と患者さんの来院を待つ毎日。無理はできない年齢なのである。


 患者さんの中には林業関係者が何人かいる。ある会社の代表は就業して五〇年になる。父親が創業した会社であり、もう七〇年近く現場を見てきた。


 その日も、林業の話になった。

「明らかに失政です」

 と、代表は断じた。

「その責任を誰も取ろうとしない」

 意外な発言だった。


 代表は続けた。

「そもそも針葉樹林と広葉樹林、自然のバランスを崩してはいけなかった」


 従叔父ならどう言うだろうか。

(同じことを考えていたのではないか)

 隆には確信に似たものがあった。

 ふと、田の草取りをしていた従叔父の顔が浮かんだ。

 麦わら帽子がよく似合う人だった。


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代償 山谷麻也 @mk1624

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