第7話 血族


 生家はすでに朽ち果てている。義姉の家に泊まると、村は静まり返っていた。往時には二一軒、一五〇人前後だったものが、三軒、七人となった。限界集落の典型だ。


             ◆

 ターミナルで、数少ないバスを待つ。


 話しかけてきた人がいた。声に聞き覚えがあった。祖父のおい、家督を継いだ末弟の長男だった。隆には従叔父いとこおじにあたる。近くの病院に通院している、という。


朝一番のバスで出てきて、受診の後、午後一番の便に乗る。終点で降りて、停めておいたバイクで、老妻の待つ千足村に戻る。これで、ほぼ一日がつぶれる。


             ◆

 ある時、従叔父がバス会社の事務員に、クレームを付けていた。


 病院そばの停留所に、運よくターミナルに向かうバスが停まっていた。小走りで近づくと、バスが発車してしまった、という。


 これが最終バスだったら、とんだ結末になっていた。昇降客が少ないので、ドライバーの注意も散漫になりがちだ。事の深刻さの割に、従叔父の口調は穏やかだった。


 従叔父はユーモアにあふれ、聡明だった。聞いてみたいことがたくさんあった。いずれ、ゆっくり訪ねるつもりだった。


 その従叔父が二〇二二年(令和四)に亡くなった。千足谷に転落死したのである。


             ◆

 祖父の生家は村のほぼ中央にあった。

 庭は公道を兼ねていて、祖父の生家を過ぎると、急勾配の山道となる。山道は六軒の家へと分岐していた。生活に不便なこともあって、これらの家はいち早く空き家となった。


 都会へ出る際、家の周囲に杉を植えることが、いつしか習慣になっていた。杉は生育が早く、過疎地の多くは早晩、杉林と化していく。


 例に漏れず、従叔父の家の裏には湧き水があった。昔は池に鯉が泳いでいた。

 家の横は地形が山谷やまだにになっていて、谷間に水が流れていた。従叔父の近所ではこの水を生活用水や農業用水にしていた。

 この水も古来、村人の生活に欠かせないものだった。


 いつの頃からか裏山の湧き水が涸れることが多くなった。山谷を流れる水量も減って来た。従叔父の家の上方に広がっていた杉林が樹齢を重ね、また、空き家の周囲の杉も生育してきた。山野が保水力を失ってきたのである。


 従叔父は止むなく、千足谷から生活用水を引いた。

 滝の上にホースを固定し、数百メートルの距離を送水していた。竹のといと違って、途中で詰まる心配はないが、水源ではどんな不測の事態が起きないとも限らない。

 ホースの水が涸れたので、従叔父は水源を見に行った。滝のあたりは高い崖になっている。そこで足を滑らせたのだった。


 田舎の環境はもう、高齢者にとって厳しすぎる。身をもって体験してきた一生だった。長寿の家系にふさわしく、従叔父も卒寿を超えていた。とは言え、心残りの最期だったことだろう。

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