サンセット(短編)

凩芥子

『サンセット』

 「『黄昏たそがれ』というものの存在を私はその時初めて知った。私の祖父がまだ地球で生活していたころはその『黄昏たそがれ』と呼ばれる時間に、お気に入りのハンモックに揺られて水平線のかなたに沈んでゆく太陽を眺めていたんだそうだ。しかし自分にはその感覚が分からない。太陽という天体の動きを眺めて一日の終わりとするというその感覚がだ。


 海面上昇で住む場所を追われ、気候の急激な変化により多くの人間が命を落とした。そのため人間は地球を捨てた。自然の動きなんてものに人類の生活が左右されなければいけないなんてなんと愚かなことか。百二十四年前に人間が月面に移民してからというもの、人間の生活水準は恐ろしいくらいにまで発展した。地球とは違い、月面には気まぐれな自然の驚異なんてものはない。自らの手で自らが求める環境を作り出すことだってできるし、土地を増やすことも難なくできるから国を挙げての争いごとなんてものもない。


 人類史の記された本で読んだ話だが、限られた土地しかない地球では土地の奪い合いに武力を持って争うということが度々起こったという。国を統治している王の命を奪うと戦いは終わり、奪った側の国が勝利するという猿でもできる集団殺戮だ。平気で殺し合いを肯定し、たくさん殺したものが英雄となるその争いを私は本当に人間が行ったことなのか未だに信じられないでいる。両手を鮮血で染めた日も『黄昏たそがれ』には水平線を眺めていたのだろうか。


 愚かな人類の時代は終わった。これからは何にも脅かされることなく平穏な生活をこの月面で過ごしていきたいと思っている。太陽が沈むことはないが私の空想の中で『黄昏たそがれ』を楽しむことにしよう。」


 時は第四次宇宙大戦。月面に降り立ったとある軍人が拾った手記である。

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