第5話 「時忘れの術」
十月半ば、バラの花が見頃な頃に、リーナは祖母のルカを木製の車椅子に乗せて、村長の家に行った。
「ルカ。呼び出してすまないねえ。バラが綺麗に咲いた。古いものどうし、たまには昔の話をしよう」
村長はバラのお茶をルカと、付き添いのリーナに振る舞って、少し機嫌が良さそうだった。彼自身が飲んでいるのは「バラのお酒」かもしれない。ユーガがこの秋に開発した、新たな村の特産品だ。ホタル石のような石ばかりでなく、このようなお酒やジュースをユーガは売り出そうとしているらしい。
「ルカ。昔、いろんなわらべうたがあったよなあ。わしは最近、本にしようと書き記してるのだが。わからない歌がいくつかあってなあ。
『時忘れの術の詩』というのを覚えてるかい?」
村長は低い声で、うまくはない歌を歌い始めた。子守唄のように単調な歌だ。
【雪がしんしんと降る中、誰かが魔法をかけたろ?
誰か、誰か、時を忘れて生きてるよ。
誰だろう? 誰だろう?】
そこまで村長が歌っていると、ルカは
「やめておくれ」と言い、涙を一筋、流した。
「それは、エルフの詩」
七十歳を超えた頃から、滅多に家族にも感情を表さなくなっていた。そんな祖母の涙は、リーナにはとても意外なことだった。
「おばあちゃん、ハンカチ」
「いいんだよ。いいんだよリーナ。その詩はね。悲しい詩」
ルカは、少し感情をたかぶらせていたけれど、そのうち落ち着いて、村長と話を始めた。
そこにいていいのか、リーナは迷ったけれど、村長が同席をうながしたので、そのまま聞いていた。
「そう。古い言い伝えがあった。この村には、エルフのお隣さんがこっそり住んでるっていう」
かははは、と渇いた声で村長が笑った。
バラのお茶を美味しそうにすすりながら、ルカは幸せそうに笑う。
「女の子はきっと、彼に恋を一度はするよ。でも、時を忘れたその人と、同じ時を生きることはできないよ。だから、ひとりぼっちのその人は、いつも恋をする相手を探してるよ。それが二番」
村長よりはずっとうまく、ルカは二番の歌詞を歌った。聞いてるだけで眠気を誘うような、古い単調な詩。
リーナはその詩を聴きながら、あることに気づいてしまった。でも、二人には言わないでおいた。
(ジン。大丈夫だよ。わたし、誰にも言わないから)
脳裏に浮かぶ、透き通った印象の栗色の髪の青年。その人が、ジンその人なのだと。
リーナは悟っていた。
ジンなんだ。ジンが、村外れで長い時を、「時を忘れて」生きてるんだ。
野菜売りのジン、炎龍と戦う(改稿版) 瑞葉 @mizuha1208mizu_iro
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