第4話 リーナ、村に帰る
「久しぶり、と言えばいいかな。シャラ」
どこか響きの硬い声で、ジンは灰色オオカミに言った。灰色オオカミはゆらりとその姿を変える。
黒いドレスを着た美しい女の姿へと。
女の唇は赤く、肌は雪のように不気味に白い。
女は「にやり」と笑うと、ジンを面白そうに眺めていた。
「いい男に成長したね。ラキアス様もお喜びになることだろう」
ラキアス、という言葉にリーナは不穏な響きを感じた。さっきから、オオカミがしゃべったり、オオカミが女の姿になったり。
これは何かの夢だろうか。
わからなかった。
「その子をごらん。べそをかいてるよ」
面白そうに女が言う。自分のことを言われたのだとわかっていても、リーナは反論なんてできない。
ぺたんとその場にしゃがみ込む。
「帰ろう」
優しい声がして、ふわりとリーナの体が浮かび上がった。ジンが魔法のように軽々とリーナの体を持ち上げて、さっきのガラスのような馬に乗せてくれたのだ。
「ネーヴェ。頼むよ。僕はこの女と話がしたいんだ」
ジンは優しく馬に語りかける。馬は言葉がわかるのか。人間のようにこくりと、頭を垂れてうなずくと、リーナを乗せたまま、風のように走った。
景色がビュンビュンと遠ざかる。
一瞬で、村の入り口のあたりに来ていた。そこでは、ユーガが半べそをかきながら村長に連れられている。そして、リーナの父さんや村の人たちが松明を持って、今にも森に立ち入ろうと言うところだった。それらがはっきりと見えた。
リーナは思わず叫ぶ。
「父さん!」と。
馬はその瞬間、水のようにその姿を溶かしてしまった。リーナは地面にばんと足を弾ませて降りる。少し痛かった。けれど、そのまま父さんに駆け寄る。父さんが、野良仕事で荒れた手で、リーナを強く強く抱きしめた。
ユーガは、村長になにか怒られているようだ。村長は怒鳴ったりはしない人だけれど、八十歳という、この辺りではまれなくらいに年老いた人であり、それでいて、いつも背筋をぴんとさせている人だ。その口から低く放たれる一言、一言が、ユーガのような若造にはムチで打たれるように響くに違いなかった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「氷属性のエルフともあろうものが、尖った耳まで魔法で引っ込めて、人間の村に五百年もいたのだねえ。そうかいそうかい。連中には何か、お前の長すぎる寿命に気づかない、という秘術でもかけたかい?」
シャラとジンは並んで歩いていた。ジンは、先ほどシャラが燃やしてしまった木々、ひとつひとつと「対話」して、その木々に命を再び与えているところだった。木々は火事など忘れたように、また青々と葉を茂らせている。
「楽しい日々を過ごしていた。ラキアスや、配下の貴様が来なかったから!」
ジンは強く言い捨てる。冷酷な、と言えるほどの烈しい怒りをにじませていた。
「おお。怖い」
シャラは言葉とは裏腹に面白そうに高笑いすると、再びオオカミに姿を変えて、消えてしまった。
「山の神、シャラ、か」
ジンはぽつりと言うと、戻ってきたガラスの馬に優しく声をかけた。
「お前を何十年も放っておいたのに、僕のことがすぐわかるんだね。前回は、山火事からルカや村長を救った時に世話になったんだったね」
すべて、心許してると傍目にもわかる優しい目をして、ジンは、この精霊の馬に、人間にするように話をしていた。何十年分もの、積もる話がたくさんあったのだ。
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