第3話 ガラスのような馬

「ねえ、ねえ、ユーガ」

 当然、なんとかしてくれるものと思って、リーナはユーガのひらひらした袖を強く掴んだ。袖はするりとリーナの手から離れてしまった。

 でも、リーナは、ユーガが足や体をガクガク震わせてるのに気がついてしまった。

「俺、俺、用事を思い出したや。リーナ。ホタル石はまた今度、な」

 ヘラヘラと笑って、ユーガはものすごいスピードで逃げていってしまった。

 目の前の、大きな体の灰色オオカミは、ふんと鼻を鳴らす。


「人間のお嬢ちゃん。でえとのお相手はよく選ぶことだね」


 しわがれた老婆のような、それでいて若い女性のような、不思議な声で、オオカミが口をきいた。

 そして、何かオオカミが呪文を唱えると、辺り一面が炎に包まれた。

 森の木々が、燃えている。

「だめ。山火事になっちゃう。だめ」

 リーナは半泣きになりながら頭を巡らせる。どこかに水さえあれば。

 祖母のルカが暖炉の前でしてくれた昔話を、今思い出す。

「この村のそばで、五十年前に山火事があってねえ。でも、勇敢な誰かが助けてくれたの」

 祖母のルカはそう言ってうたた寝していた。リーナが幼い頃に。

 誰か、というのが誰なのかも曖昧なのだけれど、山火事の怖さはリーナの脳裏に深く刻まれた。


 そして、今。

 森の一部が焼け始めている。メリメリとした音で、十数本の木が犠牲になった。これ以上燃え広がったら。


 その時、ガラスのような透き通った音がした。

 

 馬が走っていく。その走ったところ、雨が降り、焼けていた森の地面が潤っていく。

 ガラスでできたような透明な馬だ。

 馬はのびのびと駆けて、山火事になりかけていた火事を収めてくれた。

 ピィーと口笛が鳴ると、馬は嬉しそうに「その人」のもとに駆けていく。

 野菜売りのジン。

 確かにその人なのに、目の様子がどこかいつもと違った。

 ジンは馬を慣れた手つきで撫でると、その手に氷を生み出して、ニンジンのように馬に食べさせていた。馬はよほどなついてるのか。尻尾をピンと嬉しそうに高く上げている。


 

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