第2話 ユーガと「エルフの炎」
不吉に赤い夕陽が山の影に隠れていく。夜がぐんと近づいた。
夜の闇そのものを体現させたような黒々とした女性、シャラは不気味に笑うと、その姿を大きな獣、オオカミに変えた。
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村の裕福な商人の息子、ユーガと、リーナはとぼとぼと森の中を歩いていた。夜に見せたいものがある、と、昼間にユーガに言われたからだ。
「洞窟の中に、緑色に光る石があったんだ。ホタル石って言われてる」
これから見せるものが何なのかを、安易にユーガはその時、言ってしまった。「ホタル石」は山間のこの村の特産品だ。様々な宝石や、街でとれない珍しい石を街に売って、その見返りに、海の水でとれた塩とか、ここらでは珍しい魚の干物などをもらう。その仕組みを作ったのがユーガの父さんなんだ。
ユーガ自身も街との交易の手伝いをしてるので、ここらへんでは珍しく、馬にも乗れた。
ホタル石を見に行く、という名目のデートは、この村では割と定番なのだけれど。なんでもね、火山の噴火で滅びてしまったエルフの風習を、人間が真似たとかで。
リーナはなんとなく想像がつくんだ。エルフはともかく、人間の考えることなんてたかが知れてる。石の前でキスしたりするわけだよね?
(わたし、いいのかな? 本当にユーガが相手でいいのかな?)
脳裏に「誰か」の姿が浮かぶんだ。小さな頃から見守ってくれた人。御伽話の「水の精霊」みたいに綺麗な人。栗色の髪で、その髪が日に透けると金色に輝くの。
幼いわたしをいつも見守ってくれた「その人」は誰?
この村の人たちは半数が金髪で、リーナも、おばあちゃん譲りの綺麗な金髪だ。病で早く亡くなったリーナのお母さんは茶髪だったのだけれど。
栗色の髪、というと思い浮かぶのは野菜売りのジン。でも、彼は今、二十五歳くらいだもの。年齢が合わない。
古い古い記憶だ。
ユーガはその手に松明を持っていない。彼はもともと「エルフの炎」と言われる炎の使い手だった。彼の亡くなったお母さんが、エルフの血をごく薄くひく家系だったとかで。だから、ユーガはその手で「人魂」みたいな炎を産んで、それで、夜道を照らしていた。そういう力もあって、金髪でお金持ちなんだけど、ね。
今もニヤニヤしてるその性格が、なんか無理。なのに、そんな男と、わたしはキスする?
森の中でガサガサと不穏な気配がした。この辺りをうろつく灰色オオカミの群れだろうか?
リーナは頭の中が真っ白になる。もしオオカミに食われてしまったら。でも、ユーガはふんと笑うと、その手の中の人魂を勢いよく燃え上がらせた。夜空を焦がすような、まばゆいばかりの赤い炎だ。
オオカミたちはその炎を見て、怯えて後ずさったり、キャンキャン鳴いて逃げていく。
「よくね、交易してても出くわすのさ。これくらいのオオカミなら、束になってこられても平気さっ」
片頬を引きつるようにあげて、ユーガは笑う。その前に、一つの大きな影が立ち塞がった。
灰色オオカミの中でも、よほど巨大な体格だ。
ユーガの片頬笑いがやんだ。
オオカミはこちらを見て不敵に笑っている。いや、オオカミが笑うなんてあり得ないのは、リーナにもわかる。けれど、確かに。
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