野菜売りのジン、炎龍と戦う(改稿版)
瑞葉
第1話 野菜売りのお兄さん
「リーナ、今日はトマトが安いよ」
リーナを見て、青年、ジンは言う。くしゃりとした笑顔、リーナが好きなその笑顔で。
リーナはさっき道端でとってきた「ひまわりの花」を渡した。この野菜売りの青年、野菜のお代が「花」で良いのだ。お金なんて使わないから、らしい。粗末な小屋に、家畜も買わずにひとりで住んでいる。年齢は二十五歳くらいだろうか。でも、いくら年のことを聞いても、うまくはぐらかされてしまう。
ジンといると、リーナはとても満ち足りた涼やかな気持ちになれた。どんな真夏でも、汗がひくような気がした。
「おばあちゃん、この間もジンの作ったトマト食べてた。ジュースにすると、体にいいみたい」
「そっか。ルカの病に効くなら良かった」
心配そうな目で、ジンは、リーナの祖母のことを名前で呼んだ。もともとは祖母のルカが、二年前にリーナをこの、村外れの野菜畑に連れてきてくれたのだけれど。だから、もちろん祖母と彼は面識はあるのだけれど。
「おばあちゃんのこと、名前で呼ぶんだね」
リーナは正直にありのまま、感想を言った。
そう。まるで、年齢が同じ人にするみたいな気安い呼び方、するんだね。
ジンは少しだけ目を丸く見開くと、
「ルカはいつまでも若いよ」と謎の言葉を吐いて、小屋の中に入ってしまった。
男性のことを、小屋の中まで追いかけていく気にはなれない。
父さんが言ってたっけ。
「リーナ、お前も十五だろ。村外れなんか行くな。あいつの嫁さんにでもなるつもりか」って。
「ジン、いい人なんだけど、おじさん、かな?」
ニコッと笑って、薄暗い道をリーナは帰宅する。猫の目のような月が夜空に浮かんでいた。
そろそろ秋が始まる。
「そう言えば、ジンって、何を夕ご飯に食べてるのかな? 米は育ててないみたいだし、小麦粉も。もしかして、野菜しか食べない、とか?」
リーナが月に向かって言ったその時、グラグラと地鳴りがした。遠くの空に紅い火球があがる。
「ラギア火山が!」
リーナは目を凝らして、村からはるか遠くにある火山を凝視した。幸い、火球はそれ以上は上がらない。でも、リーナは胸がドキドキして、駆け足になった。
「噴火なんて、しないよね」
ラギア火山が前に噴火したのはおよそ五百年前。その時に、不老長寿のエルフの郷が焼けて滅びてしまったらしいのだけれど。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「ラキアスが目覚めたかな」
同時刻、空を眺めていたジンは一言言うと、小屋の窓を閉めた。がらんとして物が少ない小屋の中には、先ほどひとりで食べようとしていた「豆とひまわりの花のスープ」。テーブルの上で、お皿は寂しげに待っていた。
「待たせてごめんよ、いただくからね」
ジンははかなげに笑うと、テーブルの前のひとつだけの椅子に座って、なにか古い言葉を唱えた。「いただきます」のニュアンスで。そして、豆と花びらのスープをとても美味しそうに食べ始めた。
暗闇でも目の見えるジンは、蝋燭ひとつ、小屋の中につけていなかった。
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