第2話 フィンとガルン

 青光暦1931年。


「──ガルンくんは寒くないですか?」


 馬車のフリーのタオルケットを貰ってきたので、同行人に差し上げた少年……ガルンに、その同行人は言った。


「はい」


 大して長い言葉を返す余裕はなく、ガルンは短く返す。


 こんな気温で震えるのは貴方だけだ、と。


「そうですか。寒くなったら言ってくださいね」


 糸目。怪しく笑う男。長身で細身。なんだかいかにもあやしい風貌の男の名前はフィンと言った。テラシド王国騎士団の第36番隊の隊長である。


「あっ、雪ですよ」

「へー……」


 フィンに危ないところを救われて以来、ガルンはフィンの旅路に同行していた。


 フィンの隣は居心地が良かった。どんなに無愛想にしていても、鉱山村の村民たちのように笑顔を強制してくることはなかったから、とても心を休ませることができた。


「私雪好きなんですよ」


 等と言って喜んでいるフィンを横目に、少しだけ口角が上がる。取り繕った大人っぽさはあるものの、その中身はありえないほど子供である。宿屋で二段ベッドだと「上の段」至上主義者になるし、野菜嫌いだし。まだひとりで鉄道乗れないし。


「雪合戦したいですね! ガルンくん」

「風邪引くよ」

「私頑丈なので」


 先日まで大風邪拗らせてた奴がいう台詞か? と、ガルンは思いながらも「すごいね」と返す。


 歳の差は3つ。21歳と18歳。


「ガルンくんは雪合戦嫌いですか」

「嫌いではないけど」

「雪合戦いいですよね、合戦とつくから野蛮なものかと思いきや、なんとその実はなんてことないくらい楽しい、スポーツなんですよ」

「雪合戦好きなんだね」

「はい」


 ほんとに子供っぽい。


 ため息をついていると、馬車が止まる。


 フィンが「なんでしょうねぇ」と思って震えていると、御者が車掌に「騎士団に通報」と叫んでいた。


 ガルンが車窓から覗いてみると、その事態に気づく。


「フィンさん、事件だ」

「……仕事ですか」


 フィンも車窓から外を見る。


 ここからあまり離れていない所に牧場と家があり、家の前に女が倒れている。


 フィンは気霜を吐きながら、車内を歩き、車掌に鞘にある騎士団章を見せる。


「テラシド騎士団・第36番隊隊長です」


 車内から出ないように命じ、フィンは馬車から降りる。


 家に近づくと、びりびりという様な皮膚を震わせる気配を感じる。モンスターがいる証拠である。モンスターの襲撃かと思えば、しかし、人の気配もある。


「大丈夫ですか」

「娘ぇ、娘を助けてぇ……」


 母親であるらしい。この傷は噛み付いたあとらしく、血が流れすぎている。恐らくもう間に合わない。


「わかりました」


 フィンは、立ち上がり、玄関を、二度とノックする。


「すいませーん」


 静寂が10秒。ややあって、その扉を突き破ってゴブリンが現れる。


「やれェェッ! ゴブリン軍団!」

「キシャアアアアアアアアアアアア!」


 ゴブリンが襲いかかる。


 フィンは剣をふわりと持ち上げると、防御の姿勢をとった。


 ゴブリンは考える。「こいつは戦闘の素人だ」と。こんなに隙だらけの防御姿勢は初めて見た!


 故に、力を込めて、殴りつけた。


 ──キィィ……ィィ……ンンン……。

 音が鳴り響いた。赤色がじわじわと浸食していく。血液ではない。ゴブリンは気がつく。


「キシャアアアア!?」


 現れたのは赤色領域。

 つまるところ、攻撃は回避されたのだ……と。


「この行動の目的と責任者は?」

「アァ!?」


 極めて小さな赤色領域のドームの中から、低い声がした。


 家の中で少女の腕を乱暴に掴んでいた男は恐怖に叫んでいた。皮膚がびりびりと震える。


「行動の目的と責任者は?」

「答える義理がねぇよなァ……!?」


 男のすぐ近くの壁に、なにかがべしゃりとぶつかる。


 それはゴブリンの頭である。


「行動の目的と責任者は?」

「ぎゃ、逆に聞いてやるぜ……!? てめぇの! 行動の目的と! 責任者は!?」


 赤色領域は霧になって散っていく。


 怒りにでも満ちたように……醜く歪んだ男がそこにいる。


「職務執行……フィン・リジィ・ネバーランド。聞き方を変えてあげよう」


 剣は赤い血液が滴っている。


「何回斬られたい」

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インゼロニウム 這吹万理 @kids_unko

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