第5話

第2話のシナリオ


■場所(駅前の歩道・夜)


<俺を欲情させて欲しいんだ>


杏奈「欲情させてってそんな……」


困惑する杏奈に微笑む風馬。


風馬「とりあえず場所を移そう」


■場面変換(夜景の見えるレストラン・夜)


壁一面の大きな窓から夜景が見える。窓の前に設置された横に長い長方形のテーブルの個室で、杏奈と風馬が横並びに座っている。


<どうしよう、高そうなお店……しかも個室。さっきの料理、何万円のコースだろう>


風馬「遠慮しないで飲み物頼んでね。もちろん俺が全部出すから」

杏奈「そんな、悪いですし」

風馬「いいんだよ、俺が誘ったんだから。……それで、どうかな。さっきの話」


ワイングラスを片手に微笑む風馬。


杏奈「……私の貧相な身体、知ってますよね。私じゃ無理です。うちの会社の辻さんとかどうですか? 可愛くて細くて巨乳だし、彼女も喜ぶと思います」

風馬「その子は俺の事情を知らないよね。それに顔も身体も関係ないよ。俺は現状、どんな相手にも欲情しないから」


<私だけじゃなくて、誰でも平等にダメなら気が楽かも。あの夢みたいな夜をまた……>


杏奈はごくりと唾を飲み込む。


<でも、お金を払うわけじゃない。必然的に最後までするのを目指してくってことだよね>


杏奈「私、セフレにはなれません。こんな私ですけど、誰彼構わず身体を差し出すわけじゃないです」


<これは現実、お金で買った夢とは違う。セフレなんてイヤ。貧相な身体を粗末に扱われたみたいで虚しいし>


風馬「…………」


ワイングラスを置いて、顔を曇らせた杏奈をじっと見る風馬。


風馬「思うに、出会ってすぐ服脱いでそのまま、って流れが当たり前になりすぎて、麻痺してしまったんだ。本番行為も厳禁で、ただ義務的な愛撫を施して終わる。『ラズベリー』に入ってから、俺はまともな恋愛をしてない」


風馬は杏奈に近づいて距離を詰めた。


杏奈「!」

風馬「だから、俺と普通の段階を踏んで欲しい。セフレなんかじゃない。疑似恋愛だよ」


杏奈の至近距離で微笑む風馬。


<ち、近い。やっぱり顔かっこ良すぎ、スーツ似合いすぎ。心臓が持たない……!>


ドキドキして目を逸らせない杏奈。


杏奈「身体の関係は、無しってことですか?」

風馬「断言はできないかな。疑似恋愛の結果として、いつか君と寝るかもしれないからね」

杏奈「やっぱりセフレじゃないですか」

風馬「遊びじゃないよ。俺は真剣に疑似恋愛するつもり。もし流れに沿って関係を進めて、最後までできたら結婚しようと思ってるしね。もちろん君の同意が得られればだけど」

杏奈「けっ、結婚?」

風馬「うん、俺もそろそろ身を固めてもいいかなって。性欲がないわけじゃないし、結婚相手は最後までできる人じゃないと困るんだ。子供欲しいし」


<性欲ってそんな明け透けな……>


杏奈「そ、そうですか」


真っ赤になって目を逸らす杏奈に、風馬はクスッと笑う。


風馬「どう? いきなり服脱がしたりしないし、いざとなれば責任はとるよ」


杏奈の頬に触れて目線を合わせ、真剣な顔をする風馬。


風馬「君を指名させて欲しい、杏奈」

杏奈「っ……!」


<そんな綺麗な顔で、見つめられたら断れない>


杏奈「……わかりました」

風馬「ありがとう。契約成立だね」

杏奈「お手柔らかにお願いします……」

風馬「もちろん。これからよろしくね。俺が君を好きになって、君に欲情してしまうくらい、誘惑してくれたら嬉しいな。昨夜みたいに可愛い声で……ね」


杏奈の耳元で囁く。


杏奈「!」


バッと体を離し、耳を抑えて真っ赤になる杏奈。風馬は楽しそうに薄笑いを浮かべる。


<囁く声まで魅惑的。さすが人気No.1セラピスト!>


■場面変換(杏奈の自宅のベッド・夜)


パジャマでベッドに寝転がり、神妙な顔で呟く杏奈。


杏奈「真剣に疑似恋愛って、何それ。変なの……」


スマホの通知音が鳴る。


■スマホ画面表示


LINEトーク画面


フウマ『明日会社で会えるのを楽しみにしてる』


■場面変換(杏奈の自宅のベッド・夜)


杏奈「…………」


頬を赤らめる杏奈。


■スマホ画面表示


LINEトーク画面


フウマ『明日会社で会えるのを楽しみにしてる』

杏奈『私も楽しみにしてます』


■場面転換(オフィス・会議室・午前中)


座って仕事している風馬と隣に立っている杏奈。


杏奈「おはようございます。昨日頼まれてた資料、まとめておきました」


資料を受け取ってにっこりする風馬。


風馬「ありがとう、助かります」

杏奈「今日はお一人なんですか?」

風馬「また、部下の水口を連れてきても良かったんだけどね。そっちの方が仕事が楽だし。でも」

杏奈「?」

風馬「君と二人きりになれないから」

杏奈「二人きりって、何考えて……ここ会社ですよ」


赤面する杏奈。

意味深な笑みを浮かべて立ち上がると、風馬は扉に向かい、鍵をかける。


杏奈「な、何で……」

風馬「社内恋愛してる人達って、こっそりやってるんじゃない? こうやって鍵かけてさ」

杏奈「え……」


困惑した後、真顔になった杏奈は、古い資料を引っ掴み胸に抱くと、扉に近づいて風馬を押しのける。


杏奈「仕事の途中なので。私、失礼します。古い資料は持って行きますね」


鍵を開けて出て行こうと、扉に伸ばした杏奈の手を掴む風馬。そのままゆっくりと、杏奈の背中を扉に押しつける。


杏奈「なっ、すぐには何もしないって言ったのに!」

風馬「しないよ? 何も」


至近距離で見下ろしてくる風馬の微笑みに、目を奪われる杏奈。


風馬「手っ取り早い恋愛の始め方は告白から、だよね。時間は取らせないから、言わせてよ、ここで」

杏奈「何……を?」

風馬「わかってるくせに。君も悪いヒトだね」


風馬は小さく笑いを漏らす。困惑する杏奈。


風馬「そんな困った顔しないで。もっと困らせたくなる」


杏奈の耳元に唇を寄せる。


風馬「好きだよ、杏奈」


ドキッ! とする杏奈。


<きっと言い慣れてる 『ラズベリー』で磨かれた、女の子への営業トーク>

<わかってるのに 私は何ときめいてるの>


風馬「ほら、杏奈も言ってみて。好きって」

杏奈「え、そんな……」

風馬「契約を交わしたよね。真面目に疑似恋愛するって。一言言うだけだよ、簡単だよね?」

杏奈「…………」


杏奈は目を泳がせる。風馬は微笑みを絶やさない。


風馬「俺は言ったのに、杏奈は言わないなんて狡いな。これはお仕置きかな」

杏奈「お、お仕置き!?」


静かに、と言うように、風馬は立てた人差し指を杏奈の口元に当てる。


風馬「声が大きい。扉の向こう側に聞こえてしまうかもよ。誰かいるかもしれないよね」

杏奈「!」

風馬「いいの? こんな状況、会社の人に見られても」

杏奈「…………」

風馬「そうそう、いい子。そのまま黙っててね」


ゆっくり近づく距離。立てた人差し指を挟んでキスをする。


<私は知ってる 彼のキスを>

<彼の愛し方 彼の触れ方を>

<なのにどうして こんなもどかしいキス>


身体を離した風馬は、不敵な笑みを浮かべる。


風馬「藤本さん・・・・

杏奈「えっ!?」

風馬「資料、助かりました。これからも……よろしくお願いします」


杏奈の胸に抱える資料を、手の甲でトンと叩く風馬。


杏奈「し、失礼します!!」


慌てて鍵を開けて部屋を飛び出す杏奈。


■場面転換(オフィス・経理部・午前中)


<何あれ、何あれ! 急に態度変えて。からかわれたの?>


杏奈「ん?」


資料につけられたふせんに気づく杏奈。


■ふせんに書かれた走り書きのメモ


『仕事の後、今日も同じ場所で待ってる 風馬』


■場所(駅前の歩道・夜)


風馬「お疲れ様、杏奈」


にっこり微笑む風馬に、頬を赤らめながらも困り顔の杏奈


杏奈「何考えてるんですか、会社であんなことして、また待ち伏せなんか」

風馬「待ち伏せじゃないよ、待ち合わせ。俺の恋人はつれないな」

杏奈「っ、恋人って……」

風馬「ああ、ごめん。恋人じゃないよね、まだ・・

杏奈「こんな、会社の人に見られたらどうするつもりですか」

風馬「俺は別に構わないけど、君は嫌なの?」

杏奈「嫌ってわけじゃないですけど……」


<取引先のイケメン社長と、取引開始早々に密会>

<美男美女ならまだしも 地味で不釣り合い な私 どんな噂が立つか>

<万が一女性用風俗の件がバレたら 私も真瀬さんも立場が……>


風馬「…………」


黙り込む杏奈を見下ろして真顔になる風馬に、杏奈は気づかない。


風馬「わかった、じゃあ俺の家でデートしよう。それなら人目も気にならないし」

杏奈「えっ?」

風馬「それも嫌だ、とか言わないよね? 契約、忘れないで」


微笑む風馬をじっと見る杏奈。


<本当にいいのかな 浮かれて契約OKしちゃったけど>

<この人を欲情させるなんてできるの?>

<もし……>

<できなかったら?>


■場面転換・回想(元彼の部屋・夜)


元彼「そんな貧相な身体じゃ、満たされないんだよ」


■ 場面転換(駅前の歩道・夜)


杏奈「…………」


杏奈の顔が暗く沈む。


風馬「手、繋ごう。大丈夫、誰も見てないよ」


差し出された風馬の手をじっと見つめる杏奈。


<これは仕事の取り引きじゃない 義務でもない ただの口約束>

<私が突き放して帰ればあっさり終わる>


風馬は美しい顔で、真っ直ぐ杏奈を見ている。


<こんな人が私なんかに欲情するわけない>

<契約は果たされずに 私はまた傷つくだけ>


風馬「杏奈……?」


不思議そうな風馬を、杏奈は切なげに見つめる。


<だけど優しかった 愛してくれた>

<それがお金と引き換えの 偽りの愛だと知っていても>

<私は>


おずおずと差し出した杏奈の手を、風馬が取る。ぎゅっと握り返す杏奈。


<突き離せない>

<だから この手を握ってしまうんだ>


■ 場面転換(風馬の部屋・夜)


ダイニングテーブルの上に並んだパスタやワイングラス。

向かい合って座り食事している杏奈と風馬。


<予想通りと言うか>

<夜景の綺麗な高層マンション コンシェルジュ付き>


杏奈「美味しかったです。料理上手なんですね」

風馬「一人暮らしが長いからね。一通りのことは自分でできるよ」


ワイングラスに口をつける、頬を赤らめた杏奈(酔っている)。


<本当にパーフェクトな人だな>

<なんで「ラズベリー」で働いてるんだろう>

<本職は社長さんで たまの気まぐれ出勤>

<収入の為とは思えない 他に理由が?>


口の端に食えない笑みを浮かべる風馬。


風馬「杏奈の酔った顔、可愛いね」

杏奈「!」


<欲情させるって約束だけど 具体的にどうするんだろう?>

<まさか 今からそういう展開に?>

<どうしよう 欲情されないって安心しきって そんなつもり微塵も……>


冷や汗をかく杏奈を見て、風馬が小さく笑う。


風馬「顔に出しすぎ。警戒してる?」

杏奈「そんな……」

風馬「何もしないよ。恋人じゃないんだし」

杏奈「…………」


ワインをあおる杏奈。


<何、この複雑な気持ち>

<まさか私 恋人じゃないって言われてがっかりしてるの?>


風馬「“まずは友達から”、だよね?」

杏奈「は?」

風馬「俺達は恋愛をするんだからさ」

杏奈「……恋愛って、しようと意識してするものじゃないと思いますけど」

風馬「つれないこと言わないで、色々話そうよ。言葉を交わさないと関係は進まないよね。仕事の事でもなんでもいいから、話して欲しいな」


<優しそうな見た目だけど 意外に強引だよね この人>


杏奈「そう言われても……お話しできるような事、特に無いんです。特別仕事ができるわけでもなく、特別美人でもなく、特別楽しい話ができるわけでもない……つまらない女ですよ、私って」

風馬「…………」


<ああ、引いてる 終わったかな>

<でもこれが私だ 卑屈で自信を失って 心を拗らせた面倒な女>

<私は そんな私が大嫌いだ>

<自分でも愛せない私を 誰が愛してくれるだろう>


風馬「その自己肯定感の低さの理由は、カウンセリングの時に話してくれた、コンプレックスのせい?」

杏奈「容姿は……多少なりとも内面に影響するものです。私は持たざる者ですから」


<やだ、自分で言ってて虚しくなってきた>

<涙が……>


ポン、と頭に置かれた風馬の手に、涙目で驚く杏奈。杏奈を見つめてにっこり微笑む顔に見惚れる。


風馬「恋愛ご無沙汰な俺が言うのもなんだけどさ。容姿が優れていればそれだけで、恋愛は全てうまく行くの?」

杏奈「!」

風馬「違うよね。人の心はそんなに単純じゃない。可愛い、かっこいい、だから好き、とはならない。どんな美人だって、必ず愛を手に入れられるわけじゃない」

杏奈「…………」

風馬「性行為だってそう。そんなのはついでの行為であって、一番大切なのは気持ちだよね。気持ちの伴わない行為に意味なんかない。虚しいだけだ。……さんざんやってきて身に染みてる」


ぽかんと風馬を見つめる杏奈。


<意外……かも。男の人がこんなこと言うなんて>

<ロマンチストなの?>


風馬「ねえ、そんなことより、今の君に必要な言葉があるよね。それを言う役目、俺が請け負ってもいい?」

杏奈「え? ……きゃっ!」


杏奈を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめる風馬。


風馬「杏奈は可愛い。可愛い。……可愛いよ」

杏奈「っ……!!」


風馬の背中に手を回し、服を握りしめて切ない顔をする杏奈。


<優しく抱きしめてくれる腕>

<弱った心に染み込むような甘い台詞>

<どうしよう 私……>



(第2話 終了)

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×××できたら即結婚!?〜30歳拗らせ女とセレブ社長の契約疑似恋愛〜 雪白りんご @ringosnowwhite

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