花見過ごし
音鳴 竜
第1話 見延の退勤
勤労の終わりである定時を知らせる、終業のチャイムが鳴った。
市役所内には、まだそこそこの市民が紙を書き、窓口に行って、手続きを続行していたが、どの人も僕の所属する文化振興課文化振興係に用はなく、僕の出る幕はなさそうだった。といっても、弊係の窓口に市民の方が直接来ることはほとんどなく、大抵閑古鳥が鳴いているのだけど。
僕は自机のPCを前に、今手をつけていた仕事を確認する。
うん、明日やっても一向に問題ない。
退勤時刻を打刻して、開いていたブラウザをぱたぱたと閉じる。PCをシャットダウンする。あとは、リュックを背負って帰るだけだ。
「見延さんって、いつも爆速で帰りますね」
定時後1分で帰り支度を終わらせた僕を見て、後輩の山形くんがからかうように声をかけてくる。
「それは山形くんもだろ」
山形くんは几帳面な性格もあり机が綺麗だ。しかし、それを差し引いても、仕事の物はもう机の上に何一つ残っていなかった。彼も爆速で帰る心づもりだ。
えへ、というようなイタズラっぽい表情をした山形くんと目が合った。僕もおどけてカッと一瞬怖い顔を作ってみる。
そこへ、小柄眼鏡の真島係長がさらりと会話に一言足してくる。
「ちゃんと仕事やってるなら問題ないですよ、僕は。」
この上司、やる気は薄めだけど、ちゃんと仕事をするタイプで、周りに対しても、業務が回せていれば9割方のことは許してくれるのだ。
僕の働く係は、真島係長、下っぱ職員の山形くんと僕の3人で構成されている。
部署異動の関係で、この係内では僕が一番新参者になるが、4月に異動してきてから今、2ヶ月働いた気持ちは、業務少なめの係でラッキー、といったものである。
真島係長は余計な雑談で僕を引き留めるようなことはしたくないらしく、それ以上は何も話さず、僕の立ち去るタイミングを作り出してくれているようだった。
有り難く、僕は帰ることにする。
「お先、失礼します」
おつかれさまでーす、という係メンバーからの緩い返事を背に、僕は退勤した。
庁舎の外に出ると、うっすらと6月の蒸し暑さを感じた。夕方でも半袖シャツで問題なく過ごせる時期が近づいてくる。
僕は今から家に帰る。家には家族でも、恋人でもない、ただの従兄弟がいる。
僕は、自分で言うのもなんだけど、割と平凡な人間であると思う。尖った部分も、変な所もあまりない。好きなことは文字を書くこと、読むことで、書道には少し自信があるし、読書も好きだ。
そんな僕が、自分で自身の特別な境遇を語る機会があったなら、おそらくこう言うと思う。
「僕今、従兄弟と同居してるんですよ。同い年の男なんですけど。そいつがまた僕と全然違って面白くて。」
花見過ごし 音鳴 竜 @otonariryu
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