神さまの失敗

二十九

神さまの失敗

神さまの失敗


「おーいセブどん! 大変! 大変だー!」

 ノックもせず玄関から入ってきたスコどんにセブどんは手に持っていたティーカップを危うく落とすところだった。

「い、いったいどうしたんだスコどん」

「大変! 大変なんだよセブどん! この世界がリセットされるらしいんだ!!」

「りせっと?」

 状況と聞きなれない言葉に首を傾げるとスコどんは今見てきたことを口早に説明した。

「さっき教会のお祈りに参加していたら神託があったんだ。中身は違うけど五年前にあった神託と同じ。神さまが祭壇に現れてこう言ったんだ。『明日世界をリセットする』って」

 五年前の神託はセブどんも覚えていた。

 スコどんたちと教会で祈りを捧げていた時、突如見目麗しい女性の姿をした神が祭壇から現れて世界の危機と救世主の顕現を告げたのだ。神託は世界中に発されたらしく一日にして大混乱に陥った。

 だが、一年前に世界の危機は神託通り救世主によって回避されたのである。

「神託のことはもちろん信じるけども、リセットとは何なんだい?」

「どうやら世界を最初の状態に戻すことらしい」

「最初!? ということは私たちは消えてしまうのか!?」

「そう思うだろ? でもそれが違うんだ。十年前の世界に戻すんだって」

「十年前? 随分最近じゃないか」

 益々不思議に思うセブどんにスコどんは話を続けた。

 神曰く、この世界は『ゲーム』というこことは異なる世界を基に創ったらしい。『ゲーム』には『シナリオ』という運命のように決して変わらない因果が存在し、この世界もシナリオ通り進むはずだった。

 異端の存在『転生者』が現れるまでは。

「その転生者とは何者なんだい?」

「僕は学がないから神さまの話の全部はわからなかったんだけど、この世界とは別の世界から来た人間のことらしい。しかもそいつはこの世界の基になったゲームのシナリオを知っているらしいんだ」

「そりゃあ凄いな。救世主様みたいじゃないか」

「そう! そうなんだよ! 実はその救世主こそが転生者だったんだ!!」

「なんだって!?」

「しかもゲームのシナリオの救世主と違うんだ! 本当の救世主は今幽閉されているアドマドで、アドマドも転生者らしいんだよ!!」

「えええええ!?」

目玉が飛び出るぐらい驚くセブどんにスコどんは益々興奮して話を続ける。

「そもそもこの世界はすでに九十九回リセットされているんだ。一回目の世界から転生者が現れて世界はシナリオ通りに進まなかった。西の国のお妃さまは本当は悪い妃だし、北の国の王子さまは北風じゃなくて太陽の妖精と結婚するはずだった。僕たちの村の村長だって今とは違う人が……セブどん? どうしたんだい?」

「……あっはっはっ!」

 突然笑い出したセブどんに今度はスコどんが驚いた。

「ど、どうしたんだいセブどん!」

「いや、ははっ、いやいやごめん。スコどん、いくらなんでもその話はおかしいよ」

「違う! 本当だよセブどん! 本当に教会に神さまが現れて」

「その神様はきっと偽物だよ。悪魔か何かが神様に化けて私たちを騙そうとしているんだ。村長に知らせて助けてもらおう」

「……そんなに信じられないなら証拠を見せてあげるよ」

 スコどんに手を引かれて外に出たセブどんは悲鳴を上げた。

 外に広がる光景はセブどんの知っている世界ではなかった。目の前に広がる麦畑や木々、青空、遠くに見える山々に足元に広がる道。そのどれもが本来の色を失って暗黒に染まり、その表面を1と0の緑色の数字が明滅しながら天に昇っていく。

「ひ、ひええ……」

「信じてくれたかい? 本当に世界はリセットされるんだよ。僕たちは十年前の僕たちに戻るんだ。今までのことをすっかり忘れて」

「そ、それじゃあ」

 はっとしたセブどんにスコどんは泣きそうな顔で頷く。

 セブどんたちの村はとある大国の領地にあり、隣国の境界線近くにあった。隣国は大国と同じ規模で十年前は戦争を仕掛けようとしているという噂が広がっていた。

 もし戦争になったらセブどんたちの村は確実に戦場となるだろう。そして、その戦場に自分たちは駆り出されることになる。

「嫌だ。嫌だよ戦争なんて。そうだ。世界がリセットされたらアドマドが救世主になるんだろ? アドマドに助けてもらおうよ」

「どうやって? リセットされたら僕たちの今の記憶はなくなるんだよ。助けてもらうっていう記憶もない僕たちがどうやって助けを求めるのさ」

「紙や石とかに書いて残しておくとか」

「今残しても十年前には存在しないじゃないか!」

「怒らなくてもいいじゃないか!!」

 互いに掴みかかったものの、それだけだった。怒りよりも空しさが勝ったのだ。二人は腕を解いてかつて地べただった黒い床に座り込んだ。

「まだ戦争が始まるって決まったわけじゃないよ。私たちは本当のシナリオを知らないんだから」

 自分に言い聞かせるように呟いたセブどんにスコどんは力なく頷く。

 今の世界での戦争は噂だけで実際には起こらなかったが、リセットされた世界でも戦争が起こらないとは言い切れない。それがわかっているからこそ二人は不安でたまらなかった。

「本当の村長はいったいどんな人なんだろう。最近不正で捕まったっていう隣村の副村長じゃないといいな」

「私たちを守ってくれる村長だといいんだけど」

「あーあ、セブどんが村長だったらなぁ。僕たち全員を連れて違うところに移住してくれるかもしれないのに」

「それを言えばスコどんだって一緒じゃないか」

 十年前に村を逃げ出そうと画策したことを思い出して二人はくすくすと笑う。

 嘆いても怒っても運命が変わらないのを二人は理解していた。救世主でもない自分たちはシナリオ通りに進むしかないのだと。

 せめて最期に美味しい紅茶でも飲もうとセブどんが立ち上がった時だった。

「あ、あれは!」

 セブどんが見つめる方向にスコどんも顔を向ける。

 二人の視線には尾を引きながら真っすぐ飛んでいる白い発光体があった。よくよく見るとそれは人の形をしていて、さらによく見ると見目麗しい女性の姿をしていた。

「神様だ!」

「おーい!! 神さまーーーー!!」

 声を張り上げ必死に両手を振る。

 すると、神は気づいたのか急旋回してこちらに近づいてきた。空中に浮かんだまま二人を見下ろすようにして止まる。

「神様! リセットされた世界はいったいどうなるんですか?」

「戦争なんて嫌です~」

 必死に訴える二人を一瞥すると神はうんざりした顔で言った。

「うざ」

「え?」

 首を傾げる二人に神は言葉を続ける。

「こっちは今忙しいの! 今まで散々好き放題やってた転生者の後始末を一日で全部片付けなきゃいけないんだから!!」

 ものすごい剣幕に二人は固まる。

「大体こんなに大地いらないでしょ! ゲーム制作者は何を血迷ってこんなだだっ広い大地をあちこちに作ったわけ!? おかげで管理は大変だし、あちこちに転生者が出現するし。あーもっと簡単なゲームを参考にすればよかった!!」

「あ、あの」

「人口も動植物も無駄に多いし。人間の顔なんて主人公たち以外適当でいいっての。そういやここ何村だっけ? R村? S村? 村長って誰がやってたっけ? うー、こんなどうでもいいことに時間を使ってる場合じゃないのに。だいたいモブなんて皆同じ顔なんだから区別つくわけ……あっ」

 神は何かひらめいたのか、手をぽんと打つとセブどんを指さした。

「そこのあなた!」

「はっ、はい!」

「あなたこの村の村長になりなさい!」

「ええっ!?」

 予想外の発言に驚きすぎてセブどんが飛び上がる。

「わ、私が村長ですか!?」

「そうよ」

「でも神さま、神さまが言ってた通りこの村の村長は別の人で」

「いいのよ! モブ村の村長なんて誰がなったって同じなんだから! ただのモブにこれ以上時間なんてかけてられないわ! じゃあね!!」

 神はそう言うとあっという間に飛び去ってしまった。

 ちなみに先程の神の暴言は神の能力により好意的に解釈されるようになっている。

 セブどんとスコどんは神がいなくなった方向をしばらく見つめた後、顔を見合わせた。

「聞いたかいセブどん」

「聞いたよスコどん」

「セブどんが」

「村長だって」

 二人は破顔すると互いの肩を抱き合った。



 それから神託の一日が経ち、世界はリセットされた。

 時間は十年後に巻き戻され、世界は神が書いたシナリオ通りに――。

 ――ならなかった。


「お前は現状を理解しているのか?」

「……はい」

 世界の遥か上空。生物が存在できない空間にこの世界の神、正しくは神候補の一人と、彼女を神候補に選んだ本物の神がいた。

 項垂れ落ち込んでいる神候補の足元には人間や動物、魔物、植物など生きとし生ける者たちすべてが穏やかに暮らす映像が流れている。

「お前が選んだゲームの世界は五年後に始まるが、今戦争をしている国はあるか?」

「ありません」

「飢饉で苦しんでいる民は?」

「いません」

「人々の怨嗟と絶望に反応して発生する瘴気は?」

「存在しません」

「……原因はわかっているな?」

「うう~」

 神候補の恨めしそうな視線がとある人間の集団に集中にする。その集団は皆同じ顔をしていた。

 一日で世界をリセットしなければならなかった神候補は転生者たちの後始末とシナリオ上の登場人物の修正にほとんどの時間を費やしてしまった。残されたわずかな時間で適当に処理したのがモブ、いわゆるシナリオには存在しない背景のような人たちだった。

「確かに彼らはゲームのシナリオには存在しない。だが、この世界の構成に必要不可欠な存在だ」

 世界を構成するのはシナリオに出てくる名のある登場人物だけではない。その背後には見えない存在が膨大にいるのだ。

 例えば、救世主に設定されたアドマドの村がある。その村が存在するためにはまず今村に暮らす者たちが必要になる。過去から今にかけて村を存続させた者たちもいる。村を作った者たちもいる。村を作るきっかけになった者たちもいる等々村一つを作るだけで膨大な見えない存在が関わっているのだ。

 シナリオ通りに進ませるために必要なモブを異なるモブに変えてしまったことで世界は再び変わってしまった。人口が変化したことで国の勢力図が変わった。親を故郷を失くすはずだった登場人物たちの未来が変わった。戦争に行くはずだった者たちがいなくなって戦争自体が起こらなくなった。

「お前は彼らの存在を軽く見すぎた。もうこの世界はシナリオ通りに進まない」

「も、申し訳ございません」

「お前は今まで何を学んできたのだ? このゲームの製作者の世界に『風が吹けば桶屋が儲かる』ということわざがある。一見何も関係ないと思っていたことが巡り巡ってとんでもない影響を及ぼすのだ。ないがしろにしていいことなど一つもない。そのための試練だったというのにお前は」

「か、神様! もう一度! もう一度だけチャンスを」

「これまでの機会をすべて無駄にしたのはお前だ。今回の反省を踏まえてもう一度千年、いや二千年学び直してこい」

「そ、そんなぁ……」

 あまりのショックに神候補の瞳から大粒の涙が一粒零れた。

 零れた涙はやがて雨となり、ちょうど日照りが続いていた村に落ちていった。

「セブどん! 雨だ! 雨だよ!!」

「やったなスコどん! 私たちの祈りが神様に届いたんだ!」

 そこは戦火を逃れるために新しい地に移住したセブどんたちの村だった。恵みの雨に二人だけでなく村中の人々が空に向かって歓喜の声を上げる。

「神さま! ありがとう!!」

 神がいると思われる遠い空に向かって感謝の言葉を述べると、セブどんとスコどんは再び肩を抱き合って喜んだ。

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神さまの失敗 二十九 @keizo9

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