3
「新作の蜜柑爆弾、その身体で味わうがいい!」
杉井のおっさんが引き金を引いた。銃口から立派ないよかんが吐き出される。甘酸っぱい愛媛の誇り。それを撃ち落とすのを、俺は一瞬でも躊躇ってしまった。
その躊躇、引き金を引くタイミングのずれが仇となった。宙で炸裂する蜜柑爆弾。一粒一粒が破裂する様はまさに散弾。ジューシーないよかんの房が俺の身体に食い込んでくる。
腕、横腹、腿にいよかんがめり込む感触を味わいながら、俺は転がるように蜜柑の木々の中に飛び込んだ。奴らが研究開発している蜜柑爆弾の巣。地面から生えた水やり用スプリンクラーが、くるくる回って水を吐いている。
俺は焼けつく痛みを堪え、何とか体勢を立て直そうとする。
「男にはな、潔さってもんが大事よ」
葉の隙間から、こちらに向かう杉井のおっさんの姿が見えた。
「要するに、諦めも肝心ってわけだ」
「その言葉、そっくりそのまま返すぜ」
おっさんの足がぴたりと止まる。
「諦めきれねえから、テロに走ったんだろ。自分の作ったフルーツを日本一にしたいって夢が諦めきれねえのは、あんたの方だ」
「減らず口を。あいつにそっくりだな!」
「ああそうかい。その親父に地獄で詫びるんだな!」
うっかり親父を地獄に落としながら、俺は除草銃を脇のタンクに突っ込んだ。栄養たっぷりの肥料入りの水に、除草剤がぐんぐん混ざっていく。
おっさんの悲鳴と共に、そばの蜜柑の葉はみるみる茶色く変色していった。スプリンクラーから吐き出された超強力な除草液はあっという間に蜜柑爆弾の木を枯らしていく。
「儂の、儂の木が……儂のフルーツ爆弾が!」
声を詰まらせておっさんは昏倒した。俺がぶん投げた銃が禿げ頭にヒットし、その場にくずおれた。
俺はその銃を拾い、足を引きずって歩く。
目指すのは、宇宙人の脳みそとやらだ。
「待テ、人間、話合オウジャナイカ!」
文字通り手も足も出ない銀色の脳みそに、俺は銃を振り上げる。
「欲シイノハ何ダ、金カ、知恵カ、ソレトモ……」
「一度失くしたものはな、二度と帰ってこねえんだ」
蜜柑山を無邪気に走り回った幼い俺自身、汗を拭く親父の後ろ姿、そしてブロンドの髪を持つ彼女……。
「一つ賢くなったな、感謝しやがれ」
振り下ろした銃が、脳みその入ったガラスを粉々に粉砕した。
フルーツテロリストが滅んだその日、彗星が夜空で輝いたという。
「やれやれ、これで安心して飯が食えるな」
俺は独りごちながら、新聞に掲載された写真を眺める。この彗星は俺の快挙を祝ってくれたのかもしれない。
下町の食堂では、後ろのテーブルで子どもがデザートのフルーツポンチを貪っている。早食いするなと窘めつつ、母親もあまり強く注意はしない。
「安心してフルーツが食べられるってのは、幸せなことですねえ」
丸眼鏡のデブが俺の横でにやにやする。この目で親子連れを窺いつつ、おしぼりで額の汗を拭いている姿は感心しない。だが、こいつの作った除草銃は立派に一役買ったのだ。俺は奴に見ないふりをして新聞をたたみカウンターに置いた。
「どうせ奢られるなら、海老天もう一尾追加したかったですな」
「調子に乗るなデブ」
「ひでえや。ぽっちゃりと言ってくだせえ」
ひひひと笑うデブの前に天丼が運ばれる。遠慮なく割り箸を割るデブは、俺をちらりと横目で見た。
「そんで、次は一体何とバトルをおっぱじめるんで?」
「俺を戦闘狂のように言うな、デブ」
海老天の三尾乗った上天丼が俺の前に運ばれる。いつの間にと悲鳴を上げるデブに構わず、俺は箸立てから割り箸を抜き取った。
割った箸を右手に構えたその時、ぴりりとうなじが痺れるような感覚を覚え、俺ははっと店を見渡す。店に一歩入ったところに、銀色の人間が立っている。いつ現れたのか、周りの客はまだ気付いていない。
「伏せろ、デブ!」
俺は椅子から滑り降りながらデブの服の裾を掴んだ。悲鳴を上げて床に転げるデブ。その頭上で上天丼の丼が爆発した。
宇宙人が悔しそうに顔をしかめる。
「次は米爆弾か」
あの脳みそ宇宙人の仇討ちにでも来たに違いない。
「日本の農家を舐めやがって。いいぜ、米でも野菜でも持ってきやがれ!」
「ひひひ、楽しくなってきましたねえ」
あの彗星は、とんだ凶事を運んできたらしい。仕方ねえ。海老天の仇ついでに、日本の米も俺が守ってやるよ。
林檎爆弾 ふあ(柴野日向) @minmin
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