男の娘を助けたら疑似デートすることになりました。

モンブラン博士

第1話

公園のベンチに腰かけた須藤勇気はやや緊張した顔で相手が到着するのを待っていた。

彼は今日人生初のデートをするのだ。白いシャツにジーンズというラフな格好にしたのは動きやすさを考慮したのとあまりファッションに縁がなかったからで、仮にコーディネートの知識があったのならもう少しお洒落ができたのだろうと悔いる。

だが大事なのは服装よりも相手と自分が幸せな時間をすごせるかどうかである。

スマホに『もうすぐつく』とのメールが届いてからすこし経って、公園に入ってきた人物を見て勇気は安堵のため息を吐き出した。

長く艶のある黒髪。二重で大きな双眸。ぬけるように白い肌。

オフショルダーの白いワンピースに薄茶色のロングブーツがよく似合っている。

待たせている罪悪感があるのかやや駆け足で向かってくる相手を見て、勇気は心臓が強く鼓動しているのを実感した。

本当は興奮や可愛いと思うのはご法度だと自分に言い聞かせるも、ときめきを止めることはできない。


「ごめんね。待った?」

「いいや」


隣にちょこんと座る相手を見て、勇気は再確認した。米田雄一郎は可愛い。

男であることを忘れてしまうほどに。ワンピースも恐ろしく似合っている。

日焼けとは無縁の白く細い腕を太腿の前において行儀よく座っている。

スマホで今日の予定を確認してから立ち上がる。並んで歩き出す勇気と雄一郎。

公園を出てクレープ屋に向かい、勇気はチョコバナナを雄一郎は苺クリームを注文し、商品を受け取る。備え付けのテラスの円型テーブルに向かい合って座って食べるが、勇気の心臓は高鳴りっぱなしである。

小動物のように小さな口で雄一郎はむはむとクレープを食べる。


「雄一郎、口にクリームついてるぞ」

「え?」

「しょうがねぇな」


勇気がティッシュをとって口元のクリームを拭き取ると、勇気は微笑した。


「ありがとう」

「どういたしまして」

「あの。それ、少しだけ味見してもいいかな?」


うるうると目を潤ませ上目遣いをしてくる。

断れる雰囲気ではない。無言で食べかけのクレープを差し出す。

はむりとチョコバナナクレープが食べられ、雄一郎の顔が幸せに満たされる。

歯型のついたクレープを一瞥し、勇気も食べ進めていく。


「僕のもどうぞ」

「お、おう」


豪快に口を開けて苺クリームのクレープを頬張る。甘酸っぱい味がした。

これって間接キスになるのではないか――と須藤は考えたが、互いのものを味見するのもデートみたいでいいと思いなおした。幸せそうな顔で食べている雄一郎を見て、彼に気づかれないほど小さくため息を吐いた。

それは雄一郎の容姿の可憐さに自然に吐き出されたものでもあり、雄一郎が女子だったらいいのにという変えられない現実へ諦めでもあった。

クレープを食べ終わったふたりは、デパートへと向かう。

今日は残りの時間を思い切りそこで遊び倒すつもりなのだ。


「映画行こっか」

「そうだな」

「でもちょっと意外だな。勇気くんが恋愛映画を観たいなんて」

「悪いかよ」

「ううん。全然」


自然な形で腕を絡めて身体を寄せてくる雄一郎に勇気は周りの目が気になって仕方がない。身長差や可憐な容姿に服装を加味すると雄一郎は美少女にしか見えない。

事情を知らない人からは青春カップルのように見えるだろう。

だが、雄一郎は男なのだ。

友人と一緒に映画を観るのと変わりないのだ。

隣同士の席に座って映画を見る。時折、雄一郎と勇気の手がひじ掛けに重なり合う。

勇気は薄暗い中、雄一郎の整った顔立ちと映画を交互に眺めていると一か月前の記憶が蘇ってきた。

通学電車の中で痴漢に遭っている雄一郎を助けたのが初めての出会いだった。

当初は男子制服を着た美少女という認識でしかなかったのだが、話してみると男だというので勇気は驚愕した。誰が見ても相当な美少女にしか見えないからだ。

時間帯が同じということもあってか、平日は毎日のように顔を合わせるのだが、その度に雄一郎は痴漢の被害に遭っていた。

恐ろしさもあり同性ということもあるのか声を出せずに痴漢行為に涙目になって耐えるばかりの雄一郎を見過ごせず、勇気は彼を庇うようになっていった。

電車の中で会話を続ける間に勇気と雄一郎は同じ学校の別クラスに通っていることがわかった。クラスが多いために面識がなかったのである。

行きも同じなら帰りも同じ電車に乗ることになる。

雄一郎が心配な勇気は同じ時間に帰るように提案した。

それなら彼を守ることができるからだ。

ふたりは親交を深めていき、ついに雄一郎が言った。


「勇気くん。いつも守ってばかりで申し訳ないから、何か恩返しがしたいな。君が喜ぶことなら何でもしてあげたいから、言ってほしい」


彼の言葉に勇気は反射的に応えていた。

「一緒に遊びに行きたい」と。

遊びに行きたいというのは本心だったがあとで考えてみると本質は別のところにある。

雄一郎と疑似デートがしたい。

容姿、声質共に雄一郎は美少女なのだ。

名前と証拠を見せない限りまず信じるものはいない。

だから女の子とデートしている気分に浸れるのではないか――

己の本心に気づいた勇気は己を恥じた。

彼の好意を踏みにじり騙すようなものではないか。

しかし、結果はどうだろう。

雄一郎は積極的に絡んできた。

クレープをわけあい。

恋人つなぎをし。

隣り合って映画を見る。

夢にまでみた理想のデートそのものだ。

全て願い通りだ。

それでも、胸の奥がチクリと痛んだ。

鑑賞後。帰宅する前にハンバーガーを食べながら、勇気は言った。


「今日はありがとな。俺のわがままに付き合ってくれて」

「ううん。僕も楽しかったから……あのね、勇気くん」

「どうした?」

「間違っていたら謝るんだけど」


前置きをして何度も躊躇いながら、雄一郎は言葉を続けた。


「今日、デートみたいだったね」

「俺も同じこと思ったよ」

「変な言い方だけど、僕が本当に女の子だったら、勇気くんはもっと楽しめたんじゃないかって思ったよ」

「そんなこと言うなよ。俺はお前と一緒に遊んで最高に楽しかったんだからさ」

「……よかった……」


薄く笑った雄一郎の瞳から一滴の涙が零れ落ちた。

彼の笑顔があまりにも儚く、勇気は息を飲み、ひとつの憶測に至る。

疑似デートのつもりだった。将来付き合う女子を想定してデートの練習をしているつもりだった。だが、雄一郎はどうだっただろうか。

自分に合わせて笑っていたのではない。

心からの笑顔だったはずだ。そこから導きだされるひとつの結論。

雄一郎の整った眉は下がり、口は震え、懸命に言葉を紡ぎだそうとしている。

膝の上に置かれた細い両腕は小刻みに震え、目からは涙が流れ続けている。

勇気は行動を起こすことができなかった。雄一郎が何を言い出そうとしているのか、どうして泣いているのか。

手に取るようにわかる気がするが、だからこそ何もできない。

そして遂に、雄一郎の口から決定的な言葉が放たれた。


「……僕じゃ、ダメ……かな」

「……ごめん」


雄一郎は顔を覆い、いつまでも泣き続けるのだった。


おしまい。


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