第3話 前座のダンジョン 山奥ver ②
露天風呂から上がり髪を乾かし終えた俺は、既に部屋に並べられていた海鮮などの料理に舌鼓を打ちながら、お土産屋での一幕を反芻し続けていた。
変装の達人から伝えられた情報は俺の頭を悩ませるには十分すぎる程の代物であった。
紙に書かれていた内容は、『ダンジョン保護勢力がこの辺りに来ている』というものだった。
ダンジョン破壊の上で国を、ひいては人類を守る、これがダンジョン対策本部が掲げる最大の目的だ。日本に本部を置き、世界中に支部を散らばらせることで連携と協力を強め、今までのモンスタースタンピードを人類は乗り越えてきた。
そして現在、数年前からダンジョン破壊が著しく進み、今では日本に存在する2つの高難易度ダンジョン、同じく2つの特級ダンジョンだけが残ってしまった。海外のダンジョンを最優先にして、そして日本に現存している特級ダンジョンに最大戦力を集めることを理想として戦ってきた。結果、長年の努力の結晶と言わんばかりに、漸く海外のダンジョンを破壊し尽くした、という報告が上がってきた。どうやらもう一人のダンジョンブレイカーは帰ってきていたようだが、俺にはまだ2つの高難易度ダンジョンの破壊が残ってる。
3か月以内に終わらせるつもりだったが、ここで話に割って入ってくるのがダンジョン保護勢力だ。
ダンジョン保護勢力、それは数年前、ダンジョン破壊のスピードに調子づいてきた頃だった。
突如として名乗りを上げたのがその勢力、この世界の人類の一員でありながら、悪魔に魂を売り渡したのがそいつらだ。そいつらはダンジョンを破壊するのではなく保護すべき、と主張し、世界が纏まろうとしていたところに邪魔を入れてくるような奴らだ。自分達を正義と考えて止まず、ダンジョン攻略者達を殺傷、モンスターとの戦闘中に横入れを入れて結果的に攻略者達を殺してしまう、そんな下種極まりない行為を繰り返しているクズどもに世間は手を焼いている。
国連の保有する治安維持義勇軍がダンジョン保護勢力を逮捕、最悪の場合は殺害も視野に入れて動き出したのだが、奴らの魔力技術は他の有象無象とは一線を画す。高等技術とも呼ばれる魔力技術の数々を披露し、その武力を示したことで下手に街中で暴れさせてはいけないという認識を植え付けさせられた。
結果、ダンジョン破壊勢力である俺達側は常に受け身の対応を取らざるを得なくなった。相手が攻勢に出た時、どれだけ被害を出さずに保護勢力が撤退するのを促すか、そのことばからに気を取られて、気付けばこんなダンジョン史の終盤にまで奴らを生き永らえさせてしまった。
ここ数年で一気にダンジョン破壊のペースが上がった。百近く世界中にあったダンジョンが、今では4つ。だが保護勢力は大義もなければ信念もない。俺達ダンジョンブレイカーやダンジョン攻略者達が積み重ねに重ねてきたダンジョン破壊という名誉を、奴らは何の思いもなく邪魔をしてくる。これ程までに苛立つ奴らは歴史上でも保護勢力以外にはいないだろう。
そして先程追加の指令が下った。
残るもう一つの高難易度ダンジョン、それを他のダンジョンブレイカーに破壊を委託させるという旨だ。そして重要なのが、俺にダンジョン保護勢力、この勢力の討伐と今現在攻略中のダンジョンの破壊、こちらに集中してほしいとのことだ。男から受け取った情報はどうやら国を通してのものだったらしい。そしてこの2つの指令を完遂次第、他のダンジョンブレイカーに破壊するよう命じたダンジョンの支援に向かえとのことだ。
どうやら休む間はないらしい。
俺は刺身を頬張りながら頭の中を整理した。
まず一番に優先するのがダンジョンの破壊、ダンジョン対策本部の司令部が言うには、ダンジョン保護勢力の今回の目的はこのダンジョンの破壊の阻止、加えて俺の暗殺だそうだ。自分で言うのもなんだが、俺は今現在の人類の中で間違いなく最強に君臨していると言ってもいい。高まり過ぎた魔力、極め過ぎた魔力技術、魔力を使用する上での効率化、戦闘という分野において負けなしとも取れるレベルの技術を俺は所持している。
記者会見とかでメディアに出ることこそ少ないが、どうやら俺の実力や活躍は世間の間では噂にはなっているようだ。
そしてダンジョン保護勢力も同じく、俺の力の大きさというものを深く理解しているようだった。加えて、ダンジョン対策本部支部に何人かの内通者がいる可能性がある、という情報も受け取った。司令部の方ではそちらの対処に集中するため、暫くは自分の判断で動いてほしいということも指令の中に含まれていた。
このことから、俺の暗殺を目的、ダンジョン保護勢力の全戦力を投入してくる可能性がある。そんなことは司令部も承知だろう。
まぁ俺は戦闘しか得意な分野はないからな。変に干渉する方が余計な面倒も招く可能性が高い。それは司令部の方も重々承知なので、俺にダンジョン保護勢力の討伐を命じたのだろう。何より、奴らの相手は俺が適任だ。
「……………………………」
考えが纏まり、夕飯も食べ終えた俺は、片付けに来た旅館のスタッフの人を部屋に通して、一息吐いた。
恐らくもう一つの高難易度ダンジョンに向かってくれたのは陽翔だ。あと数か月後の帰還の筈が、既に帰還していたのだから、あいつが駆り出されているに違いない。今いるダンジョンに来る前、割と色々なことが起きていた。
一つ、陽翔が行うはずであった破壊したダンジョンの確認、数か月単位で完遂予定のこの仕事を国連組織に属する治安維持義勇軍が代わりに代行するということになった。そのため、暇になった陽翔が日本に帰還することになったこと。
そして二つ目、ダンジョン保護勢力の活動が急に途絶えたこと。簡単に言うと、各地で活動していた奴らによる被害がピタリとなくなり、姿を消したのだ。あまりにも不気味な事件件数の少なさに、俺の方に報告が来ていたのだ。
これが俺の暗殺に繋がってきていたのだろう。
そして最後、緋彩さんが守護を担当していないもう一人のダンジョンブレイカーが担当している特級ダンジョン、そちらのダンジョンに攻略者が潜ることが禁止された。緋彩さんの担当しているダンジョンと同じく、急に無知能モンスターの強さが跳ね上がったらしい。ただ危険度としては緋彩さんのダンジョンの方が今現在は上なようだ。モンスターが外に出てこようとしている抵抗が緋彩さんのダンジョンの方が強いらしく、中々に手を焼いているらしい。
これはあまり耳に入れなくてもいいのかもしれない。
一番の朗報は陽翔の帰還だろう。数か月後と見越していたスケージュールが、一気に縮んだのだから。
とにかく戦力は日本に集まっている。ダンジョンブレイカーは全員が揃い、噂では海外のダンジョン攻略者達も日本に集まっていると聞く。これならば特級ダンジョン破壊も手を伸ばして届く距離になったのだろう。
温泉街の外れにあるこの旅館は、ほぼ山の中にあると言っても過言じゃない。そのため温泉街の明かりはあまり届かず、俺が出ているベランダは山側を向いている。だからだろうか、星が良く見える。海外のダンジョンにも行き、そして北海道に存在していたダンジョンを攻略しに行った時も、星がここよりもよく輝いていた場所だった。
ダンジョンが存在してしまうことでモンスタースタンピードが起こる、それを止めるためにダンジョンを破壊する、破壊するためにダンジョンに入った攻略者達が死んでいく。言わずと知れた負の連鎖、今では世間の話題をかっさらうことができるのはダンジョンブレイカーの死亡くらいだろう。
実際、那月さんが死んでしまった時はおかしいくらいに世間が沸いた。
今ではもう、一般程度の実力を持つダンジョン攻略者の死亡など、目にも留まってはいないのだろう。
後ろを振り向けば片付けに来たスタッフは部屋から出ていっていた。
布団が敷かれ、いつでも眠る準備が整えられており、部屋の畳の中でポツンと真ん中に敷かれた一つの布団を見て、俺は変な感傷が湧いてきた。
数年前から、誰かと一緒にいるということが少なくなった。那月さんが死ぬ前、陽翔ともプチ旅行をしたり、まだ特級ダンジョンの外に出てくるモンスターの抵抗も少なかった時期に、何度か緋彩さんやもう一人のダンジョンブレイカーの人と観光気分でダンジョンの破壊を行っていたこともある。ある程度の期間の休暇が出されているなんてことも極まれにあったのだ。
だけどここ数年はずっと一人だ。別にそれがなんなんだという話ではあるんだが、無性に誰かと話しながらご飯も食べれないという事実に苛立ちが湧いてくる。
ダンジョン、俺達人類の生活を乱す原因となっている存在、明らかになっているのはそのダンジョンを通して異世界から侵攻をしているという事実だけ。
何百年も続く戦争のようなことに、なぜ俺達が巻き込まれなくてはいけないのか。
こうやって独り言ちるのも許されるだろう。
今でも俺は那月さんが…、
ダンジョンというものがこの世界と異世界を繋ぐものなんだとすれば、もしかしたら。
「……フッ」
頭に浮かぶその考えを鼻で笑いながら、されどその可能性に俺は今も振り回されているという事実に苦笑してしまう。
考えても考えても答えが出ない。天沢家の本家の屋敷で盗み見たそれを、半信半疑ながらも可能性は1割を超えていると確信している。もし、それが可能なんだとすれば、俺はきっとそれに縋るのだろう。
わかってはいる。危険性も、怪しさも、だけどそれには詰まっているのだ。俺の最高の生き様の報酬が。
俺は布団に入った。思いの外ひんやりとしている。俺は、いい夢が見れたらな、と小さくつぶやきながら、目を瞑った。
~~~
音がした。風が木々を揺らし、葉を揺らす音だ。時期は春だろうか。緑葉に囲まれた木々に、傾斜ができた土の上を立っていることを目が捉え、ここが山であることに気が付いた。遠くには桜の木も幾分か見えている。それでも遠くだ。俺の強化された視力は常人を大きく逸脱しており、加えて、魔力での視力強化も伴い数百メートル先でもよく見える体となった。
音と景色の次は匂いだ。酸素が濃く、植物の匂いが色濃く俺の鼻を刺激する。そこで山にはない、どこかフローラルで甘々しい花の蜜のような香りがすることにも気が付いた。匂いの元を深く辿ってみれば、俺以外の心臓の音がすることに気が付いた。
山にばかり意識が向いており、そちらに気を取られていたのだ。
そして音の方を向けば、すこし盛り上がった岩の上に女性がいた。なんで気付かなかったのだろうという程に近くにいたのだ。
灰色の美しい髪をポニーテールにして、すべてを見抜いてしまう真実を探るような蒼い瞳をしている。服はバトルドレスとも呼ばれる、戦闘に特化した、どこか大人っぽさを醸し出しているようなものだ。
腰には白塗りのリボルバー、反対側には腕の長さ程度のタガー。
木々を背景に佇む彼女の風貌は、どこか非現実的な美しい女神を彷彿とさせる。
その女性はこちらに手を差し伸べると、
「ほら、雄介君。掴んで」
「……………」
俺が彼女の気遣いに、無言を返すと、彼女はあからさまにため息を吐いて、微笑みを浮かべた。
思わず見惚れるくらいに美しい、そんな魅力限界突破の表情だ。
そして俺はそんな笑顔を見て思い出した。彼女だ。柳葉 那月。先程俺を実家の連中から華麗に助け出した変人だ。
「雄介君が私を信用できないのもわかるよ。でも私、ちゃんと身分証諸々貴方に見せたよね?さすがに私に見せられるものなんてこれ以上ないよ?いくら信用できそうな第一印象の貴方でも、結婚の約束もしていないような人に私の裸は見せられないよ」
そう、変人だ。変人なんだ。容姿は完璧。提示された身分証明の中にあった、彼女の地位。ダンジョンブレイカー。世界でも最上位の実力を持つ者しか座れない席に彼女は鎮座している。だが変人だ。
今も少し顔を朱に染めながら、年下の俺に照れたような仕草を見せて、これでは同い年にしか見えない。
「なんで裸を見せるなんていう話になったの?那月さんはもしかして痴女だったりするのか」
今日初めて会ったのだが、なぜか数十年来の相棒のように、俺は軽口を言う。
俺の発言にショックを受けたのか、那月さんはガーンという表情をしている。
「し、失礼だよ!女性にそういうことを言うとは、、君はデリカシーがない!」
「うるさい痴女。初対面の年下の男に望んでもいない素っ裸を見せようとする時点で痴女確定だろ!」
「な、ななななな………!!」
はあぁ。もしかしてこの人についていく選択肢、間違えたのかな。
俺はこれからの未来に不安を感じ、思わず心と現実でも重いため息を吐いた。
※後書き
次の話も那月さんが登場します。
凶悪なるダンジョン破壊の申し子~~ダンジョンがある世界での爪痕の残し方~~ 狐雨 @kituneame1212
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