番犬の約束
prologue.
一輪の真っ赤なバラを手に、アズライトは夜明けの魔女の墓石を前に座った。
首には銀のネックレス。
手にしたバラは、近くの町でビオラと買い物に出掛けたときに見つけたものだ。
魔女との使い魔契約が解除され、重く不調だった身体はすっかり今まで通り元気になった。不思議なほどに身体は軽くなり、病んでいた心も穏やかに凪いでいる。
契約が解除されたときは、魂が引き裂かれるような痛みに苦しんだ。シレネが生きているうちに解放されていたら、見捨てられたような気分になって、きっとシレネを困らせることになっていただろう。
悲しみが消えたわけではない。
思い出に涙が溢れる夜もある。
「ビオラがさ、ずっと俺のこと心配してくれてたらしい。俺、自分のことばかりで、全然気付いてやれなかった」
契約が解除された日、屋敷に戻ったアズライトとジルを見て、ビオラは微かに微笑んだ。その顔を見て初めて、彼女の心を知ったのだ。
あまりの情けなさに、溜め息が漏れる。だからこそ今日は、シレネに誓いを聴いてほしい。
「これからは、ビオラと一緒に庭の手入れをするよ」
「シレネの庭は枯らさない」
「シレネの好きな花の名前も覚えてみる」
「飯はちゃんと食べるよ」
「昼寝もするし、たまには狩りにも行く」
「うさぎを土産にしたら、また怒るかな?」
「屋敷は大事にする」
「もちろんビオラのことも」
「墓参りには、もう毎日来ないけど」
「でも、シレネはずっと俺の中にいるよ」
「あと──……」
ささやかな約束を口にして、アズライトは躊躇いがちに頭を掻いた。
「アイツ──ジル……とは、まあ……少しは仲良くしてやってもいいよ」
後頭部を掻いていた手が、自然と首に下りていく。
「つーか、なんなんだよアイツ。なんでシレネはあんな奴と知り合いなんだよ。何度も何度も噛み付きやがって、痛えし、変なとこ触るし、昨日なんて──……」
そこまで言って、アズライトは口を噤んだ。次第に熱くなった頬を誤魔化すように、首を摩る。
「いや、なんでもない。もう帰るから、うん。また来るよ、シレネ」
アズライトは慌てて立ち上がると、手にしていたバラを墓石にそっと置いた。
「ありがとう、俺を見つけてくれて。俺、大丈夫だから。安心してゆっくり眠ってほしい」
輝く太陽の下で、アズライトは晴れやかな笑顔を浮かべて墓石に背を向けた。
喪失の灰狼に愛の手を 宵月碧 @harukoya2
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