第5話

「ええ、まぁ、寒いところで飲んだほうが、コーヒーはおいしいかなって」

「なに言ってんだ、明朗」

 子どものくせに、という言葉が後に続いたように思えた。イケメンが本当にそういったかどうかはわからなかった。

「先生」

「どうした」

「なんで、学校辞めること、黙ってたんですか?」

「……ああ。そういうこと、あんまり早く言っちゃうと、しんみりしちゃう時間が長くなるでしょ」

「……」

 イケメンは、生徒のことを考えて、自身が辞職することについて、あまり言わないようにしていた。しかし、明朗の思春期ははじまったばかりである。善と悪の見分けはまだつけられないし、自分本位になりがちなのだ。

「……そもそも、なんで辞めちゃうんですか?」

「うん……。先生、病気なんだ。」

 明朗の顔は、みるみる悲痛に満ちていった。イケメンに、僅かにみえた心の裂け目を、明朗はしっかりと見つめていた。

「え、それって、治るんですか」

「まぁね。すぐとはいかないけど。」

 明朗は少しずつ成長をしていた。彼は自己中心的な自分に、ややとも不快感をいだき、何か別のものに変わりたいと思っていた。明朗の憧れはずっと教科書の中にあった。その一方で、不意に目で追ってしまうイケメンの姿を、意識せずにはいられなかった。

「先生」

「今度はどうした」

「……コーヒー、苦いです」

「まだ早いって、さっき言ったろ。せめて高校生になってから飲もう」

 イケメンは明朗の頭をごしごしと撫でた。思っていたよりも大きくて暖かい手だと、明朗は思った。

「先生、なんでそんなに、色々とイケメンなんですか」

 不意に出た言葉が、急激に明朗の身体を熱くさせた。イケメンはふっと笑った。ああ、この人みたいになりたい。そう思ったのと同時に、勇者はひどく赤面した。


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稀代の後継者 西村たとえ @nishimura_tatoe

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