鬼の居る寺5

「……ところで、先程ご住職が結界と言っておられましたが、どういう事でしょう?」


 八重が首を傾げた。元真は、気まずそうな顔をしながら悪霊について話した。


「まあ……悪霊が……」


 元真の話を聞き終えた八重は手で口を覆った。


 すると、考え込んでいた光明が口を開いた。


「とにかく、犯人が分かるまでは出来るだけ皆一緒に本堂にいる方が良いでしょう。……ああ、でも、法眼には庭に出て悪霊の浄化をしてもらいましょうか」

「分かりました。……そうだ、住職も一緒に来て頂けませんか? 話もございますし」

「え? ええ、構いませんよ」

 そう言って、法眼と元真は庭に出て行った。



 庭に出ると、法眼は本堂や庫裏などに呪符を貼って回りながら元真に言った。

「この呪符が貼ってあれば、悪霊が暴れる事は無いでしょう。宗教が違っていて申し訳ございませんが」

「いえいえ、助かります。この土地は、どうも霊が集まりやすいようで……おっと」


 元真が、庭の隅に目を向けた。そこには、五歳前後の少女の霊がいた。まだ悪霊化していないようだ。少女は、泣きながら「お母さん……」と呟いている。

 元真は、少女の方に近付くと、しゃがんで話しかけた。


「どうしたのかな?お母さんとはぐれてしまったのかな?」

「……うん。土砂崩れに巻き込まれて、気が付いたら、ここにいたの……」

「そうか……きっとお母さんに会えるよ……」


 そう言うと、元真は念仏を唱え始めた。すると、少女は「ありがとう……」と言って笑顔で消えていった。


「……凄いですね。女の子が安心して消えていきましたよ」

「いえ、先代の方がずっと凄かったですよ」


 元真は、苦笑して言った。


「先代だった私の父は、住職でありながら悪霊を浄化する事が出来ました。この土地が霊の集まりやすい場所でありながら今まで暮らせていたのは、父が作った結界のおかげです。しかし、父は十三年前に鬼に殺害されました。それからも父の強力な結界は残っていましたが、やはり徐々に結界の力が弱まり、一ケ月前にとうとう結界が壊れました。それからは私が代わりに結界を張りましたが、これが限度です」


 元真は、目を伏せて言葉を続けた。


「……先程のように悪霊化していない霊の話を聞いて成仏させる事は出来ますが、それ以上は出来ません。本当に、情けないです」

「そんな事は無いですよ」


 法眼は、微笑んで言った。


「これだけの結界を張れるだけでも凄い事です。それに、先程の少女が成仏したのは、ただ念仏を唱えたからでは無いでしょう。あなたが心からあの子の心の安寧を願ったからです。誰にでも出来る事ではありません」

「……ありがとうございます……」


 元真は、穏やかな笑顔で礼を言った。


「そうだ、一つ住職に聞きたい事があったのですが」

「何でしょう?」

「あなたがあの老女に渡した薬ですが、あれは人間の病にも効きますが、鬼を弱らせる香の力を弱める作用もあります。御存じでしたか?」


 元真は、目を丸くしながら言った。


「い、いいえ、知りませんでした。……となると、どういう事になるのでしょう? あの薬を飲んでいれば、鬼でも具合が悪くならない……まさか、あの老女が鬼なんて事は……」


「誰が鬼だ」


 不意に声が聞こえた。二人が振り向くと、そこには件の老女がいた。その隣には時子もいる。


「お二人共、何故ここに?」


 元真が首を傾げる。


「このお方が、薬の事でご住職に聞きたい事があるとおっしゃって、庭まで行かれようと……それで、一人では危ないとの事で、私がついて行く事になったのです」


 時子が、老女を手で示しながら言った。


「ふん、薬の事なんてただの口実さ。本当は、住職の事が心配だったんだ」

「私の事が?」


 元真が、きょとんとした顔で聞く。


「ああ、住職とそこの法眼様を二人きりにさせたくなかった。……法眼様、あんた、鬼だろう」


 老女が、法眼を見ながら言った。

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