鬼の居る寺4

 法眼達は、本堂に戻ると皆に状況を説明した。


「一体、誰が盗賊を殺害したのでしょう?」


 住職の元真が困惑した表情で言った。騒ぎを聞きつけた元真を含め、全員本堂に集まっている。


「分かりません……しかし、私の式神によると、微かに鬼の匂いがしたそうです。もしかしたら、鬼の仕業かもしれません」

「鬼? 鬼が入り込んでいるのか!?」


 直通が驚いて口を挟む。


「あくまで可能性の一つです。……そこで、皆様に一つお願いがございます。今から、鬼を弱らせる香を焚く事をお許し下さい。少々匂いがきついですが、この中に鬼がいない事を明白にする為です」


「まあ、人間である事を証明しなければいけないのなら構わないが」

「そうね、お願い致します」


 光明の言葉を聞き、夫婦が承諾した。


「私も構いません。……そちらのお方はいかがですか?」


 元真に聞かれた老女は、こちらを一瞥して呟いた。


「……好きにしな」


 それからすぐに香が焚かれた。時子は鬼である法眼の身を案じてチラチラと法眼の方を見ていたが、法眼は平気な顔をしていた。時子の視線に気付くと、法眼は優しい顔で微笑んだ。


「……この中には鬼はいないようですね」


 しばらくして光明が呟いた。香の匂いを嗅いで具合が悪くなった者は誰もいない。


「……となると、犯人は生身の人間か……誰がいつ犯行に及んだんだろうな」


 直通が考え込むようにして言った。


「あの……法眼様や光明様の式神さん達に犯人の念を追ってもらう事は出来ないのでしょうか」


 時子が小声で法眼に聞く。


「難しいな。この寺には悪霊が多すぎる。犯人の念が悪霊の念に紛れて、とてもじゃないが追える状態じゃない」

「そうですか……」


 時子は目を伏せて呟いた。


「あの盗賊を蔵に閉じ込めた後、どなたか本堂を離れた方はいらっしゃいますか?」


 光明が聞くと、与一が答えた。


「私や妻は別々に用を足しに外に出ましたし、そちらの高齢の女性は薬をもらいに行くとかで庫裏に行かれました。ずっと本堂にいたのは法眼様、直通様、時子様のお三方ですが、犯人を特定するのは難しそうですね……」

「成程……」


 光明は難しい顔をして頷いた。


「元真様は、ずっと庫裏にいらしたんですか?」


 時子が聞くと、元真は慌てて手を振った。


「いえいえ、結界がきちんと張られているか確認しなければいけないので、庭に出た時がありました。そちらのご婦人が薬を取りに庫裏に来られたという事ですが、私は応対しておりません。恐らく、私が庭に出ている間にいらしたのでしょう」

「そうだったのかい。私はこの薬が欲しかったんだがね。いつも使っている薬で、昔この寺に来た時は安値で譲ってもらえたんだが」


 そう言って、老女は数種類の薬の名前が書かれた紙を元真に渡した。


「ああ、この薬ならありますよ。この寺の庭に生えている植物を煎じたものなので。後でお渡ししますね。あなたが飲まれるんですか?」

「いや。私は薬師でね、仕事で必要なんだよ。助かった。ありがとう」


 老女は、元真に向かって頭を下げた。法眼は、そんな二人の様子をじっと見ていた。

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