白髪の鬼6

 法眼は暗闇の中にいた。


「お前なんか死ねばいいのに」

「近づくんじゃない」


 色んな声が聞こえる。聞きたくなくて耳を塞いでいると、目の前に手が差し出されているのに気付いた。恐る恐る自分も手を伸ばして、顔を上げた。そこにいたのは……。



 夢から覚めて、法眼はゆっくり目を開けた。ここはどこだろう。畳もあって、貴族が暮らす部屋みたいだ。

 そこで、自分の手が誰かに握られているのに気付いた。ちらりと視線を向けると、法眼の右手を両手で包みながら時子がうたた寝をしていた。ずっと側にいてくれたのだろうか。

 起こすかどうか迷っていると時子が目を開けた。


「法眼様……良かった……目が覚めて」


 心底ほっとした顔で時子が言った。


「……ここは?」

「光明様の別邸です。法眼様の正体が露見しないよう、使用人がほとんどいない光明様の別邸に運ぼうという事になりまして。……法眼様、七日間も意識を失ったままだったのですよ」

「そうか……心配かけたな」

「ええ、本当に」


 笑顔できっぱり言っている。怖い。


「身体が回復したら、一緒に都に帰りましょう。光明様と直通様はお立場上、一足先に都に帰られました。今このお屋敷には、私と法眼様、それと光明様が急いで手配した使用人数人しかいません。都に帰ったら、今回の事情をきちんと説明して下さいね」

「……わかった」


 そう答えて、一つの疑問が浮かんだ。法眼は、上半身だけを起こして聞いた。


「そういえば、何故俺の居る場所がわかったんだ?あの蝶の式神か?」

「はい。それと、杠葉ゆずりはさんが法眼様の式神を道端で見つけたようです。……もしかしたら、あなたの式神さん達は、あなたの為に助けを呼ぼうとしたのかもしれませんよ」

「そうか……自分の意志で……」


 本当は、時子達を巻き込みたくなかったから式神の行動は不本意なのだが、結果としては良かったのだろう。


 時子は、法眼の考えを見透かすように言った。


「……今回黙って姿を消したのは、私達の事を考えての事だったのかもしれませんが……もう二度と、問題を一人で抱え込まないで下さいね」


 法眼は、頷く事ができなかった。


「……危険な事に巻き込むわけには……」

「危険な事に巻き込まれるより、相談されず、一人で苦しまれる方が嫌です」


 法眼は、溜息を吐いた。時子はこういう場合、絶対に自分の主張を曲げない。


「……わかった。今度何かあったら、相談するようにする」


 しばらくの沈黙の後、意を決したように時子が言った。


「一つ、気になっている事があるのですが」

「何だ?」

「あなたのお兄様と名乗る鬼が、私の事を、あなたにとって一番大切な存在だと言っていた気がするのですが……」


 言った。言っていた。法眼の額に冷や汗が浮かんだ。


「それは、本当の事なのでしょうか」


 時子が、じっと法眼の目を見る。ここで肯定するわけにはいかない。


「……俺がお前を守ろうとしたから、勘違いしただけじゃないか?」


 目を逸らして法眼が言った。


「そうですか。……では、私は生涯、人の妻になる事はないのですね」

「何故そうなる」

「あなた以外の方の妻になるつもりがないからです」

「生涯独り身とか、外聞が悪いだろう」

「では、私を妻にして頂けますか?」

「それは駄目だ!」


 法眼は、語気を強めて言った。


「お前が助けて欲しいと言ったら助けに行く。話を聞いて欲しいと言ったら聞いてやる。でも、それは駄目だ。……そもそも、俺以外の男の元に嫁いでも幸せになれるだろう」

「あなたでなければいけないのです」


 いつの間にか、時子の目には涙が浮かんでいた。


「見返りを求めず見ず知らずの女の頼みを聞いて下さった方。子供と混ざって鬼ごっこをして下さった方。……あなたでなければいけないのです。どうしようもなく、あなたを愛しいと思ってしまうのです」


 沈黙が流れた。


「……本気で、俺以外の男の元に嫁がない気か?」

「はい」

「俺は鬼だぞ」

「はい」

「俺と一緒になると、苦労するぞ」

「構いません」


 法眼は、時子の身体をそっと抱きしめた。


「……本当は、俺も、お前を愛しいと思っていた。……ありがとう。大切にする」

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