右手の痣(あざ)5

「まあ、そんな事が……」


 紫苑から話を聞いた時子が呟く。昼に鎌田家の屋敷に戻って来た時子達は、客間で紫苑の話を聞いていた。


「ええ……母も兄も、私の意思を尊重してくれました。本当に私は、家族に恵まれています」

「それにしても、随分紫苑にこだわるな。ちょっと調べてみるか」


 法眼がそう言うと、紫苑は法眼の方に向き直って言葉を続けた。


「ありがとうございます。あの、法眼様……本当に、呪いに母か兄が関わっているのでしょうか。私には、信じられません……」

「ああ、それについては多分もうすぐ……」


 法眼が言いかけた所で、人型の小さな白い紙が二枚部屋に舞い込んできた。法眼の式神である。法眼は、式神達を掌に載せると、その頭の部分を撫でた。


「思ったより早かったな。……呪いの元が分かったぞ」


 法眼は、口角を上げて言った。



 その夜、法眼達は鎌田家の敷地内にある蔵に入った。松明たいまつの灯だけが蔵の中を照らしている。蔵の中には、書物や陶器等色々な物が収まっていた。法眼が蔵の中を探っていくと、小さな棚を見つけた。その棚の引き出しを開けると、人型の木片が現れる。


「これが呪いを媒介している……と思ったんだが、おかしいな」


 法眼は、首を傾げた。


「何がおかしいのですか?」


 時子が木片を覗き込んで聞いた。


「人型の木片を使った呪いなら、木片を柱か何かに釘で打ち付けて呪いを発動させるはずだ。しかし、この木片はまだ何も打ち付けられていない。呪いの念はまとわり付いているが、紫苑の病の原因はこれじゃない」

「それじゃあ、原因は……」


「何をしている!?」


 不意に背後から声が聞こえた。法眼達が振り返ると、そこにいたのは怖い表情をした家信だった。


「兄上……申し訳ございません。呪いの元を突き止める為に、蔵の中を探っておりました」


 紫苑が言うと、家信は法眼の手元にある木片を見て、目を見開いた。そして、溜め息を吐くと、呟いた。


「……見つかってしまったか……」

「兄上……?」


 家信は、目を伏せながら言った。


「済まない、紫苑。お前を呪っていたのは……私だ」

「え……」


 家信は、紫苑、法眼、時子、牡丹の前で告白した。


「私は、父上が亡くなったあの日から、心のどこかでお前の事を恨んでいた。お前に悪気が無い事は頭では分かっていても、お前のせいで父上が亡くなったという思いが消えなかった」


 家信は紫苑への複雑な思いを抱きながら日々を過ごしていたが、つい先日、所用で町に出掛けた折、人通りの少ない路地で男が二人話しているのを聞いた。


「……本当にこれで人を呪う事が出来るのか?」

「ええ。あなたには、呪いに必要な事を全てお教えしました。呪う対象者の髪の毛と木片があれば誰でも呪う事が出来る。体に負担は掛かりますがね」

「……礼を言う」


 そう言って、男の一人はその場を後にした。残ったのは、呪いを教えたという男だけ。家信は、呪いを教えた男に近付くと、声を掛けた。


「……そこの方、私にも……呪いを教えてくれないか」



「そういう事だったのですね……」


 時子が、目を伏せながら言った。


「私のせいで……兄上はこんなに追い詰められてしまったのですね……ごめんなさい、ごめんなさい……」


 紫苑は、そう言って目に涙を浮かべた。


「しかし、あなたは呪いの念を集めたものの、釘を打ち付ける事はしなかった……紫苑殿を恨み切れなかったのですね」


 法眼が、落ち着いた声で家信に言った。


「はい……何度も釘を打ち付けようとしたのですが、小さい頃私に懐いてくれた紫苑の顔を思い出すと、どうしても手が止まって……」


 すると、牡丹が家信の前に出てきて、家信に頭を下げた。


「……家信様、母上を呪うのを思い留まって下さり、ありがとうございます」

「え……」


 家信が目を丸くする。


「母上は家信様の事を慕っております。家信様に呪われたなら、母上はきっと深く傷ついたでしょう。思い留まって頂き、ありがとうございます」

「そんな……私が紫苑を呪おうとした事には変わりないのに……」


 家信は、涙ぐんでいた。


「それにしても……」


 時子が考え込むようにして言った。


「家信様が呪いを完遂していないのなら、紫苑の病の原因は一体……」

「まだ分からない。調査を続ける」


 法眼は、難しい顔をして答えた。


 蔵を出て皆で母屋に戻る途中、法眼がふと後ろを振り向いた。


「どうなさいました?法眼様」


 時子が首を傾げる。


「……少し気になる事がある。先に母屋に戻っていてくれ」


 そして、法眼は蔵に戻っていった。

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