右手の痣(あざ)3
「そんな事があったの……」
紫苑の話を聞き終えた時子が、目を伏せながら呟いた。紫苑は時子より一つ年上で、時子は彼女を姉のように感じていたが、そのような過去があったとは知らなかった。
「はい……そういう事ですので、私を恨むとしたら、私の母か兄でしょう。何しろ、私のせいで大切な家族が亡くなったのですから」
「……それにしても、本当に呪いの主は紫苑のご家族なのでしょうか。政家様が亡くなったのは今から十年前なのですよね? 政家様を失った悲しみが消えないとしても、何故今になって呪いを……」
「紫苑殿のご家族について、もっと情報が欲しいところですね」
光明が、考え込むようにして言った。
「あの、実は……」
紫苑が、小さな声で口を挟んだ。
「母が体調を崩し、一度実家に帰って様子を見る事にしたのです。情報が欲しいという事でしたら、私に同行して頂けないでしょうか……」
紫苑はずっと芦原家の屋敷で生活していて、しばらく実家には戻っていなかった。
「そうでしたか……私は多忙なので同行できませんが、法眼、お願いできますか?」
光明に聞かれた法眼は、頷いて答えた。
「分かった。同行させてもらう」
◆ ◆ ◆
数日後、紫苑、時子、牡丹、法眼の四人は、紫苑の実家のある田舎を訪れていた。
「いい眺めですね……」
牛車から降りると、時子は辺りを見渡して呟いた。遠くに畑や林が見えて、穏やかな気持ちになれる。
そして、目の前には貴族の屋敷にしては小さめの屋敷がある。
「ここが私の家です。どうぞお入り下さい」
紫苑に促され、皆は屋敷に足を踏み入れた。
「まあ、時子様と陰陽師の鬼四法眼様と牡丹ですね。ようこそいらっしゃいました。紫苑の母の茂子と申します」
出迎えた茂子が笑顔で挨拶した。
「母上、お体は大丈夫ですか? 腰を悪くしたと文に書いてありましたが」
「大丈夫よ、紫苑。それより、あなたは大丈夫なの? 右腕が動かなくなったと書いてあったけど」
「ええ……不便ではありますが、時子様や牡丹に助けて頂いているので……」
そう言って、紫苑は右腕を擦った。紫苑の右手の甲にある痣を見て、茂子が目を見開いた。
「紫苑、その痣……」
「ええ……父上と同じ痣です……」
そう。実は、政家の右手にも同じ形の痣があったのだ。それもあって、紫苑は呪いが家族によるものだと思っていた。
「法眼様とは違う陰陽師に言われたのですが、この腕の症状は呪いによるもののようです。法眼様には、呪いの原因を突き止めて頂きたいと思っております」
「そう……法眼様、娘をよろしくお願い致します」
茂子は、法眼に向かって深々と頭を下げた。
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