笑う女2
次の日の朝、光明と法眼は再び実継の屋敷に来ていた。今日は麗子も綾子も不在との事だった。光明は蝶の形の式神を、法眼は紙を人型にした式神を放ち、呪いの原因を探った。
すると、庭の木に小さな人型の木片が打ち付けられている事がわかった。これが呪いを媒介しているのだろう。木片を取って法眼が言う。
「これを浄化すれば病は良くなるのか?俺は浄化できないが……お前は浄化できるか? いや、浄化できますか?……先生」
法眼は、光明を先生と呼ぶ事にした。形式上助手であるし、なにより、光明の実力が自分より遥かに優れていると気付いてしまったから。
「浄化は出来ますが、ただ浄化するだけでは根本的な解決にはなりません。呪詛した人物が誰か突き止めなくては。……どうやって突き止めるか、わかりますか?」
「この木片は、わざと色んな念を込めて誰が呪詛したのかわからないようにしてあるから……地道に、念を一つずつ式神を使って引き剥がして、関係ない念を浄化していく。そうして残った念を辿って正体を突き止める……?」
「正解です」
光明は、にこりと笑った。
「お前は浄化が出来ないと言っていましたが、浄化の仕方を教えるので、お前も浄化に協力しなさい」
浄化は、慣れていないとかなりの体力を消耗すると聞いている。法眼の顔が引き攣った。
◆ ◆ ◆
光明と法眼が呪いの原因を突き止めているのと同じ位の時刻、時子と直通は寺に来ていた。麗子がたまに寺で子供達に読み書きを教えていると聞いたからだ。
綾子は麗子の事を悪女だと思っているようだが、時子は自分自身で麗子の人柄を知りたかった。
「直通様、お忙しいでしょうに付き合って頂いてありがとうございます」
「いや、同行は私が言い出した事だし、良いんだ」
直通が従者を下がらせ、二人だけで寺の中に入って行く。
庭に何人か子供がいたが、次々と講堂に入って行く。時子達はこっそり講堂を覗いた。中には既に麗子がおり、筆を持って子供に何かを教えていた。麗子は子供達に優しい笑顔を向けている。
時子には、麗子の笑顔が演技だとはどうしても思えなかった。じっと麗子を見ていると、いきなり後ろから声を掛けられた。
「おや、どうしました?」
振り返ると、人の良さそうな住職が微笑んでいた。
◆ ◆ ◆
法眼は、式神を使って木片に
光明から教わった呪文もすぐ覚えたので、今の所順調に浄化している。このまま余計な念を浄化していけば、最後には呪いの主の念だけが残り、誰が呪詛したのかわかるだろう。
そんな法眼を真顔で見ていた光明は、呟いた。
「手際が良すぎる……」
「何か言いましたか、先生」
やはり体力を消耗するらしく、法眼は死んだ魚のような眼をしている。
「お前、誰に陰陽道を教わった?」
「あー、本名は分からないけど、
「……お前、三十歳なのですか?私より年上……」
「まあ、鬼は見かけで年齢が分かり難いですからね」
「……そうですか。ああ、そろそろ休んで良いですよ。私はもう少し浄化を続けます」
「お願いします」
法眼が縁側に腰を掛けると、不意に声を掛けられた。
「お疲れ様です」
そこにいたのは、実継だった。
◆ ◆ ◆
「そうですか、麗子様の人柄を確かめに来たと」
寺の庭で、住職は言った。今庭には、時子、直通、住職の三人しかいない。実継の病について本人の了承無く話すわけにもいかないので、ここに来た理由は噓をついた。
知人の子供が麗子に勉学を教わりたいと言っているが、見ず知らずの女性に子供を任せるのは不安なので評判を確かめに来たという事にした。
「麗子様はお優しくて、知識も豊富ですよ。麗子様の教え方は子供には分かり辛いのではと思う事もありますが、勉学についてこれない子供に寄り添って、根気よく教える事の出来る方です」
住職は、穏やかな顔で麗子を褒めた。
「しかし、麗子様が元気そうで良かった。昔から麗子様の事を存じ上げていますが、大江家に嫁いだ時から、心配していたのですよ」
「というと?」
直通が聞いた。
「実は、大江雅広様には悪い噂がありまして。妻である麗子様に暴言を浴びせて虐げていると……。それだけではなく、麗子様が嫁いで三年後くらいでしたかな、雅広様は謀反を企てた罪で流刑が決まりました。獄舎の環境が悪かったのか、刑が執行される前に病死しましたが」
「そんな事が……」
時子は目を伏せた。
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