黒い靄(もや)3

 次の日、時子は紫苑と共に再び町に出掛けようとしていた。

 屋敷の門まで出てきた所で、丁度二人の人物に出くわした。直通と光明である。  


 光明と会う機会は少なかったが、時子は光明の顔を覚えていた。黒髪を横から少し垂らしたこの陰陽師は、相変わらず美しい顔をしている。女性と言われても納得しそうだ。


「光明様、お久しぶりですね。お二人共、今日はどうされたのですか」


 時子が聞くと、直通がにこやかに答えた。


「何、大した事では無いのだが、時長様が毒を盛られた件について、気になる事があってな。……鬼四法眼と言ったかな。お前が紹介した陰陽師と話がしたいのだが、どうすれば会えるかな」


 時子は、嫌な予感がした。直通達と法眼を会わせた場合、法眼の正体を隠し通せるだろうか。

 実は、牡丹の事を光明に相談しようかと思っていたのだが、今はやめておこう。牡丹が法眼の正体を口にするとは思えないが、何がきっかけで正体を見破られるかわからない。


「……今度法眼様にお会いしたら、直通様達に紹介して良いか、伺っておきます……」


 そう誤魔化すしかなかった。そして、直通と光明が去ると、紫苑と共に足早に牛車に乗り込んだ。

 しかし、時子は知らなかった。去ったと思われた直通と光明が、物陰からこちらを伺っていた事を。


              ◆ ◆ ◆


「で、この子を診てもらえるような陰陽師に心当たりはあるのか?」


 神社で、法眼が時子に聞いた。


「それとなく父に陰陽師の評判を聞いてみたのですが、特に実力が高いと言われているのが……その……加茂光明という私の知り合いの陰陽師でして……。でも、かの方はあなたに興味があるようでして……。牡丹の事を頼んだら、あなたと会わせて欲しいと言われそうで……」

「……ああ……成程……」

「光明様の能力ははっきりとはわかりませんが、あなたの正体が見破られたらと思うと不安で、光明様以外の陰陽師を頼るしかないのかなと……」

「いや、実力と名声が一致するとは限らないが、評判の良い陰陽師から当たっていくのが効率的だろう。俺の事は自分で何とかする。まずはその加茂光明とかいう陰陽師に頼んでみろ」

「……分かりました。くれぐれも、お会いになる際は気を付けて下さい」


 二人の話を聞いていた牡丹は、腕を押さえながら小さく呟いた。


「私の為に、手間を掛けさせて、申し訳ございません……」


 それを聞いた時子は、無言で牡丹に近づくと、牡丹の脇腹に手を当てて、くすぐった。


「ひゃ、な、何するんですか!」

「形だけでも笑いなさい。父上が言っていたわ。子供はね、誰でも幸せになる権利があるのよ」


 牡丹の瞳が揺らいだ。


「そうだわ、今から鬼ごっこをしましょう。嫌とは言わせないわよ」

「……え?」


 時子以外の三人の声が重なった。


            ◆ ◆ ◆


「こんな荒れ果てた神社に来ているとは」


 直通と光明は、鬼ヶ原神社の鳥居の前に立っていた。目の前を、ひらひらと蝶が飛んでいる。

 この蝶、実は光明の式神である。時子達に気づかれないように距離を取って後をつけているので、見失う瞬間もあり、式神に頼る所が大きい。


 二人が参道を歩いていくと、声が聞こえてきた。境内の裏にある庭から聞こえてくるようだ。


「待てー」

「わああ」


 声を聞いて、直通が顔を青くした。


「まさか、誰か鬼に襲われているのか!」

「お待ち下さい、直通様」


 走り出そうとする直通を光明が止めた。


「何か、おかしくありませんか……?」


 そう言われて、直通も気付いた。「待てー」が子供の声で、「わああ」が大人の男性の声なのだ。


 二人は、そっと裏庭に回った。そこで見た光景は、予想外のものだった。


 角の生えた男を追いかける少女。少女に追いつかれない程度に速度を加減して走る男。にこにこしながらそれを眺める時子。真顔で時子の側に佇む紫苑。


 ふと、男が直通と光明の方に目を向けた。他の者達も、二人の存在に気が付いた。そして、六人はその場で固まった。

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