治らぬ病5

 その次の日、時長の屋敷に来客があった。樋口兼良と、その妻の孝子だ。


「聞いたぞ、時長。下女が毒を盛っていたんだって?」


 兼良が口を開いた。体の大きなその男は張りのある声で言いながら、どかっと床に座った。


「ああ、ここに働きに来た当初から、少しずつ料理に毒を入れていたらしい。何故そんな事をしたのかは話してくれないが、もう検非違使けびいしに引き渡してある。もう毒が盛られることは無いだろう」

「それは良かった。お前がいないと、出仕しても張り合いが無いからな」

「本当に、主人は時長様の事を心配しておりましたのよ。……そうそう、これ、上質だと評判のお茶の葉でございます。よろしければ、お飲みになって下さい」


 孝子が、微笑んで木の箱に入った茶葉を手渡した。彼女は細面の美人で、葡萄えび色の着物が良く似合っている。


「わざわざありがとう。ぜひ飲ませてもらうよ」


 そう言って、時長は微笑んだ。


 時長達がそんな会話をしている頃、時子と法眼は神社の境内に居た。二人が初めて出会った神社である。今日は、二人の話が聞こえない程度の距離に侍女を控えさせている。


「では、桔梗に指示をした者が居ると?」

「ああ、あの女には 毒を盛る理由がない。雇い主について話さないのは、大方、誰に雇われたか話すと家族の命を保証できないとか言われて脅されたといったところだろう」

「では、桔梗が捕まった今、雇い主が新たに指示に従う人物を探すかもしれませんね。父の命は、また狙われるかもしれない」

「その可能性はあるな。時長様の命を狙うそもそもの人物を探さないと、根本的な解決にならない。……こんな事を聞くのも気が引けるが、時長様が命を狙われる理由に心当たりは?」

「仕事先での事はわかりかねますが、私の知る範囲では、父が恨まれるような事は無かったと思います。父が亡くなって得をする者もいないかと。……あえて言うなら」

「何だ?」

「樋口様は父の同僚ですが、樋口様より父の方が優秀で、父が居なければ樋口様は早く出世できるだろうと……樋口様は思っているようなのです。あくまでも噂ですが」

「そうか。……何かわかったら報告する」

「ありがとうございます」


 時子は侍女と共に牛車に乗り込むと、帰っていった。



 その夜、ねぐらにいた法眼の元に、芦原家に潜り込んでいた式神がひらひらと舞い戻ってきた。式神は両手に当たる部分のみ黒くなっており、何かを掴んでいるとうな形になっている。


「これは……」


 法眼は呟いた後、ゆっくりと口角を上げた。

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