治らぬ病3

 翌日、朝早くから法眼は時子の屋敷に足を運んだ。時長が朝食を摂る場に居合わせる為だ。

 朝食を口に運ぶ前に、式神が小さい体でお膳の周りをうろちょろと動き回っている。何に毒が入っているか探る為だ。

 時長も、式神の事は聞いているので何も言わず見守っている。


「食事は、病になってからも十分摂られていたのですか?」

「食欲が無くなっているので量は少ないですが、娘も心配するので、なるべく食べるようにしています」


 法眼と時長がそんな会話をしていると、式神の動きが止まった。

 そして、いきなり野菜の入ったお吸い物に頭の部分を突っ込んだかと思うと、その部分がみるみる黒くなった。


「……このお吸い物、毒が入っていますね」


 法眼はそう言うと、式神をつまみ出し、頭の部分を優しくなでた。


「話は聞いておりましたが、本当に毒が入っているとは……。食事はいつも下女が用意してくれていますが、詳しい事は直接下女達に聞いた方が良いでしょう。時子、法眼様を下女達のところへ案内して差し上げなさい」

「はい、父上」


 お吸い物以外に毒が入っていない事を確認して、法眼と時子は部屋を後にした。



 その後、下女の話を聞く為に、法眼達は下女が働いている場所を回っていった。


「食材は、いつもこの辺りに置いてあって、誰でも食材に触ることができました」


 台盤所だいばんどころにいた四十くらいの下女が話した。


「では、一、二か月くらい前から働き始めた下女がいるかわかりますか?」


 法眼が聞いた。時長に症状が出たのがそれくらいの時期からだった。


「ああ、それなら、あの娘ですよ。ほら」


 下女の指さす方を見ると、庭を挟んで反対側の廊下を一人の下女が歩いていた。 

 歳は二十前後だろうか。簡素なとび色の衣を着ていて、洗濯物を運んでいるようだ。


「名前は……桔梗ききょうと言ったかしら。元々は樋口様の家に仕えていたそうですけど、母親が病で、治療費を稼ぐ為に、特別に樋口ひぐち家とこちらの両方で働く事を認めてもらったようですよ」

「樋口様?」


 鬼四が首を傾げたので、時子が口を開いた。


「樋口兼良かねよし様といって、父の同僚です。奥様も含めて、父が若い時からの付き合いだそうで、先日、奥様と共に父の見舞いに来て下さったのですよ」

「そうでしたか」


 法眼は、そう言いながらじっと桔梗の姿を見ていた。

 その後も下女達に話を聞いて回ったが、大した情報は得られなかった。


「やはり、桔梗という方が怪しいのでしょうか」


 夕暮れの庭で時子が聞いた。話を聞いた限りでは、毒性のある植物を間違って食材にした等の過失があった可能性は低そうだった。


「そうだな……はっきりとは言えないが、この屋敷で働き始めた時期が時期だからな……」

「これからどうするのですか?」

「引き続き式神に探らせるさ。犯人を炙り出す策もあるしな。……時長様の食事は、時長様に長年仕えている侍女が複数で直接食材の買い出しやら調理やらする事になったんだって?」

「はい。信頼できる侍女達なので、安心して任せようと思います」

「……そうか、早く良くなるといいな」

「はい。……たった一人の、親なので……」

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