治らぬ病2

 それからしばらくして二人は、時子の住む屋敷の中に足を踏み入れた。


「……この格好は、落ち着かないな」


 そわそわした様子で鬼が言った。先程まで鬼は簡素な衣を着ていたが、今は貴族のような立派な格好をしている。

 どこから見繕ってきたのか、時子が鬼に着物を渡してきたのだ。


「鬼だと気付かれるわけにはいきませんからね」


 廊下を歩きながら、鬼は庭を眺めた。貴族の屋敷だけあって庭は広く、よく手入れされている松の木や池が目に入った。

 前を歩いていた時子は一つの部屋の前で立ち止まると、中へ声をかけた。


「父上、入ってもよろしいでしょうか」

「……ああ」


 部屋の中に入ると、一人の男性が上半身だけ体を起こした状態で床に居た。まだ歳は四十にもなっていないはずだが、病のせいか年老いて見える。

 他には誰もいない。蠟燭ろうそくの灯だけが部屋を照らしていた。大きく口を開けなければ、鬼の牙を見られる事もないだろう。


「この方は、陰陽師の鬼四法眼きしほうげん様。父上の病を診てもらう為に私が呼びました」


 ここに来る道中で考えた偽名だ。


「お初にお目にかかります。鬼四と申します。突然の来訪で申し訳ございませんが、よろしくお願い致します」

「こちらこそ申し訳ない。娘が無理を言ったのではありませんか?」

「いえ、時長様のお役に立てれば幸いです」


 世間とあまり関わっていなかった割に、鬼はその場に合わせた言葉遣いが出来た。


「本日はお体の状態等お話を伺うだけにして、明日改めてこちらに伺わせて頂きます」


 鬼は改めて症状やその強さ、いつ頃から症状が出たか等を聞き出し、その日の面談を終えた。


「父上、私は法眼様を門まで送って参ります」


時子がそう言うと、鬼は時長に挨拶あいさつをし、時子と共に部屋を後にした。


「どうでした?」


 廊下を歩きながら、時子が鬼に問う。


「毒だな」

「毒?」

「ああ、最初は高度な呪いでも掛けられているのかと思ったが、呪いでも何でもない。食べ物か飲み物に毒が入っていたんだろう。お前の父親の体から、毒の匂いがした。……全く、俺の前に診た陰陽師は何をしていたんだか」

「鬼は、嗅覚が人間より優れているのですね」

「ああ、何の毒かも見当がついている。問題は、どの食べ物又は飲み物に毒が入っていたか。故意か過失か。故意なら、誰が何故毒を盛ったかだな」

「それを明らかにする手段はあるのですか」

「ああ、既に手は打ってある」


 そう言うと、鬼は懐から白い紙を取り出した。掌に乗る位の大きさで、人型に切ってあるようだ。


「これは?」

「式神だ。妖の魂を封じ込めた簡素なものだけどな。これと似たものを屋敷に送り込んである。式神も俺と同じで嗅覚が優れているから、毒の出所を突き止めてくれるだろう」

「式神を操る事もできるなんて凄いですね」

「……昔、人間に教わったんだよ」


 それ以上、鬼は何も言わなかった。時子も、詳しく聞こうとしなかった。


「それでは、明日も宜しくお願い致します、法眼様。……二人きりの時もこの呼び方で宜しいですか?本名を存じ上げませんけど」

「好きなように呼んでいい。本名は、それ自体が呪いに使われる事もあるし、滅多に教えないようにしている」

「そうですか。それでは、改めてまた明日お願い致します。法眼様」


 そして、鬼――法眼はねぐらに帰っていった。

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