月下の鬼
ミクラ レイコ
治らぬ病1
月明かりが少し届くだけの暗い境内の中で、笛の音が響いていた。
笛を吹いているのは、十二単を簡素にしたような着物を着た少女。年は十六、七といったところか。服装からも身分の高さが窺えるが、少女の側には誰もいない。
少女は笛を吹くのをやめ、帰る為に参道に足を踏み入れた。
「いい音色だったな」
不意に声が聞こえ、少女が見上げると、真っ赤な鳥居の上に男が一人腰を掛けていた。月に懸かった雲が流れ、男を明るく照らすと、少女は目を
男の頭には、小さいが二つの角があり、笑う為に開けた口から牙が覗いていた。
「鬼……」
昔、鬼の物語を聞いた事はあったが、自分が鬼に出会う事になるとは思ってもみなかった。
「そうそう、俺は鬼。こんな時間に一人でいたら、俺みたいな鬼に食われちまうぞ」
そう言うと、鬼は鳥居の上からひらりと飛び降りた。後ろで一つに縛った黒髪が綺麗に揺れる。
「何故こんな時間に一人で笛を吹いていた?」
鬼の質問に答える義務はなかったが、誰かに話を聞いて欲しい気持ちもあり、少女はぽつりぽつりと話し始めた。
少女は中流貴族である
この神社には、音を司ると言われる神が祀られており、その神は良い雅楽を聞くと、演奏した者の願いを叶えるという。
時子は、父親の病を治してもらう為に、藁をもすがる思いで笛を吹いていたのだ。女がみだりに歩き回るものではないとわかっていたが、居ても立ってもいられなかったので、こっそり一人で来る事にした。
「成程なあ。症状は胸の痛み、息苦しさ、嘔吐、
鬼は、ぶつぶつ独り言を呟いていた。
「ちょっと待って下さい!……あなた、陰陽道に詳しいのですか?」
「ん?……まあ、並の人間と比べたら、詳しいだろうな」
時子は、しばし考え込むと、座っていた大きな石から立ち上がり、先程から立ったままの鬼の目を真っ直ぐと見た。
「私の屋敷に来て、父を診て頂けませんか?」
「はあ?」
「御礼は何でもします!」
「そういう問題じゃない。貴族が鬼を自分の家に入れるとか、どういう状況だよ。……あと、礼としてお前の命とかを望んだらどうする気だ」
「私は命を懸けても構いません。……父は私が死んだら悲しむでしょうけど、こんなの私の我儘なのはわかっていますけれど、どうしても……父を助けたいんです」
鬼は、じっと時子の目を見ると、小さく溜息を吐いた。
「……わかった。案内してくれ。ただし、期待はするなよ」
「ありがとうございます!」
時子は、満面の笑みで礼を言った。
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