第14話 奪われた日常

「てりゃああああああーーーーーー!!」


 俺は、力いっぱい雄叫びを上げながら手にした木剣を振り下ろす。


「踏み込みが甘い! もっと前に出ろ!!」


 しかし、ルーカスさんが半歩バックステップを踏むだけで、あっさりとかわされてしまう。

 それならばと、俺はさっきよりさらに深く踏み込み、木剣を横に走らせ彼の胴を狙う。

 しかし、今度は彼の木剣に軽く弾かれてしまう。


「今度は、腰が入ってない!!」


 あの夜、剣術の訓練を申し込んでから、このような特訓が毎日つづけられていた。

 農作業を終えた後、夕食までの短い時間ではあるが、彼は俺の特訓に付き合ってくれた。


「お父さーーん! お兄ちゃーーん! 食事の準備できたよーーーーー!」


 リーナの呼ぶ声が聞こえる。

 それを合図にするかのように、今日の特訓は終了となった。


 俺たちは汗を拭きながら食卓につく。

 今日の夕食は、村で飼っているニワトリのような鳥の肉とニンジン、タマネギ、ジャガイモ、ブロッコリーにそれぞれ似た野菜を煮込んだスープだった。

 農作業と剣術訓練のおかげで空腹となっていた胃袋に温かいスープがしみわたっていく。

 質素な料理ではあるが、今日も幸福感と満腹感でいっぱいだ。

 そろそろ冬が近づくということで、保存食として先日ソーセージやベーコンをつくったが、それらを口にする日も待ちどおしい。


 冬が近いと言えば、ヴァイスベルクの街の辺りではそろそろ雪が降っているらしい。

 もう一か月も前にもなるが、あの街で過ごしてきてその寒さは身に染みていた。

 その頃でさえ凍死者が出る寒さである、今頃あの街の仲間たちはどうなっていることだろうか……?

 いや、考えるのはよそう……。

 俺にはどうすることもできないことなのだから……。

 なにもできない自分の無力さに、さみしさともどかしさを感じずにはいられなかった。



 いつものように一日の仕事を終え、ルーカスさんに剣術の特訓をしてもらっている時のことだった。

 なにやら村の入口付近が騒がしい。

 特訓を一時中断し、ルーカスさんと一緒に村の入口に向かう。

 そこには、盗賊のような姿の男たちが何十人と群がっていた。


「おう! 痛い目にあいたくなけりゃ、村の食料全部出しな!!」


 盗賊のような……ではない、盗賊確定である……。

 その盗賊団のリーダーと思われる男が、大声で要求を叫ぶ。


 どうやら、そろそろ冬が近づいているが、奴らは付近の村々を襲って、せっかく村人たちが冬支度で用意した物を根こそぎ奪って回っているようだ。


 これから厳しい冬を乗り切らなければならない。

 そのために村の人々は必死で蓄えをしているのに、それを奪うことによって自分たちはなにもせずに生き延びようという気か……?

 絶対に渡してなるものか……!


 しかし、そうは思うものの相手は数十人の徒党を組んできている。

 村の住人の中にも、もと盗賊だった者もいるが、どこまで対抗できるだろうか……。


 それにしても、先ほどから気になっているのは盗賊団のリーダーらしき男だ。

 なぜかどこかで会ったことのあるような気がする。

 もちろん盗賊になど知り合いはいない。

 必死に思い出そうとするが思い出せない……。


 しかし、ルーカスさんは覚えていたようだった。


「あんた、この前来たヴァイスベルクの衛兵じゃないか!? いったいなんの真似だ!?」


 彼が盗賊団のリーダーに向かって叫んだその言葉によって、俺もこの男の顔を思い出した。

 前回、この村を訪れた時は衛兵として来ていたため、兜を深々と被っており顔がよく見えなかったが、兜の下のその顔は確かにこの男のものだった。


「はっはっはっ……、よく覚えていたな。確かに普段は衛兵なんてやっているが、あんな仕事だけじゃ食っていくのが精いっぱいなんだよ! 言わばこれは副業ってやつだ!」


 男が吠える。


 いや、食っていくのが精いっぱいって、一応食っていけるってことじゃないか……。

 それ以上になにを望んでいるんだ、こいつら?

 この村の人たちだって、日々食べていくだけで精いっぱいなのに……。

 それでもみんな、日々満足して暮らしているんだぞ!


 そう言ってやりたかった。

 それはルーカスさんも同じことを思っていたようで、彼は盗賊団のリーダーに向かって言い返した。


「衛兵の仕事で食っていけるなら十分じゃないか! わざわざ他人の物を奪う必要もないだろ!」


「ああ、食うには困ってねえよ! 遊ぶ金が欲しいんだよ! だから、ここの食料はどこかに売り飛ばしてやるよ!」


 しかし男の口から返ってきた言葉は、とても自己中心的な自分勝手なものだった。


『人は衣食足りて礼節を知る』などという言葉があるが、こいつらは衣食が足りてもなお自分たちの欲求を満たすためにこのような蛮行に及ぶのか……。

 これが衛兵のやること、というのが信じられない……。


「お前たち、衛兵だろ! こんなことをしていることがバレたらただじゃ済まないぞ!」


 ルーカスさんが当たり前とも思えるようなことを口にする。


 そう! そうだよ!


 衛兵が盗賊をするなんて考えたこともなかったから、そんな当たり前のことを忘れていた。

 前世の世界でも警察や公務員が犯罪なんて行ったら、大問題だったじゃないか。

 ヴァイスベルクの街では、浮浪者を殺しても罪に問われないなんてとんでもないことが許されていたが、さすがに盗賊に扮して村を襲っているともなれば見逃されるものではないだろう。


 しかし奴らの行動は、そんな俺の予想のはるか上を行っていた……。


「ああ、顔を知られてしまったからにはお前ら全員には死んでもらうぜ……! 村人全員、皆殺しだ!!」


 そう叫びながら剣を引き抜き、突然切りかかってくる。

 意表を突かれたせいもあり、ルーカスさんはとっさに身をそらすがかわしきれず、腕を切られてしまった。

 腹立たしいが、さすがに腐っても衛兵、剣の扱いは多少心得ているということのようだ。

 そんな相手に対して、こちらはさっきまで特訓に使っていた木剣しか持っていない。


「ルーカスさん、逃げましょう!」


 俺はルーカスさんに肩を貸し、一緒に走り出す。


「野郎ども、やっちまえ!!」


 盗賊団のリーダーの掛け声とともに村に火が放たれ盗賊たちが村人たちに襲いかかる。

 村人たちの中には武器を手に盗賊たちに立ち向かう者もいたが、さすがに多勢に無勢、旗色は圧倒的にこちらが悪い。

 このままでは、家に残っているリーナの身にも危険が及ぶのは時間の問題だった。


 ルーカスさんとともに、リーナのもとへと走る。

 だが、思った以上に彼は深手を負ってしまっているようで、呼吸も乱れ走るのも辛そうだ。

 そうこうしているうちに、後ろから盗賊たちが迫って来ている。

 このままでは追いつかれてしまう。


「俺はここで奴らを食い止める! 君はリーナのもとへ行ってやってくれ!」


 彼はそう言うが、怪我の様子からして、とても何人もの盗賊をまとめて相手にできるとは思えない。

 確かに、このまま二人ともやられてしまっては元も子もないが、かといって重傷の彼を残して行くことはできない。

 しかし、迷っている間にも盗賊たちはどんどん迫って来ている。


「頼む! 村のはずれに、もしものときのための抜け道がつくってある! 娘を連れて早く!!」


 彼の悲痛な叫びに押され、俺の迷いは吹っ切れた。


「わかりました!」


「あの子だけは……、あの子にだけは、幸せになってもらいたいんだ……。頼んだよ……」


 娘のことを想う父の言葉……。

 実の親子でなくとも、その想いの深さが伝わってくる。

 その想いを無駄にしないためにも、彼女だけはなんとしてでも救い出さなくてはいけない。

 そんな決意とともに、俺は彼に背を向け走り出した。



「リーナ!!」


 既に火の手が回っている家の中へ、扉を勢いよく蹴破り飛び込む。

 しかし家の中は、もぬけの殻……。

 彼女の姿が見当たらない……。

 俺の頭の中に嫌な予感が駆け巡る。


 彼女の名を叫びつつ、家中を探しまわるが彼女はどこにもいない。

 そんなに大きな家でもないから、すぐに見つかるはずと思っていたのに……。


 すでにほかの村人と一緒に脱出してくれたのか……?

 もしそうであれば、よいのだが……。

 いや、そうであって欲しい!


 そんな一縷の希望にしがみつきたい気分になってくる。


 そのとき、家の入口のほうから物音が聞こえた。

 もしかしてリーナが……?

 俺の胸に期待と不安が同時に沸き起こる。


「リーナ……!?」


 俺が彼女の名前を叫びながら物音のしたほうへ向かうと、そこに立っていたのはにやけた顔をした盗賊団のリーダーだった。


 奴がここに来ているということは、ルーカスさんは……。

 考えたくなかったが、そうとしか考えられなかった。


「へっ、こんなところに逃げ込んでいやがったか……。お前もすぐにあの世に送ってやるよ!」


 男はまるで盗賊のテンプレのようなセリフを、そのまま口にする。

 テンプレ通りならこの後、このセリフを言った三下盗賊は主人公に返り討ちにされるというのがセオリーだろうが、残念ながら俺は、そのセオリーを実行できるだけの実力を持ち合わせていない。

 しかし、このままここでやられるわけにはいかない。

 なんとかしてこの場を抜け出して、リーナを探さなければ……。


 そう思い、部屋の片隅に立て掛けてあった剣を手にする。


「熱っ……!!」


 火の手の回った家の壁に立て掛けてあった剣の柄は、触っただけで火傷しそうなほど熱を帯びていた。

 思わず放り投げそうになるが、歯を食いしばりその剣の柄を握る。

 そして、そのまま俺は勢いよく盗賊に切りかかった。


 この数日、ルーカスさんに教えられたとおり、思い切り踏み込み腰を入れて剣を振り抜く。

 しかし、しょせんは付け焼刃だった……。

 俺の剣はむなしく空を切り、盗賊リーダーに背後に回られてしまう。

 そして、そのまま振りかぶった奴の剣が、俺の背中を一閃した。


「へっ……、ほかには誰もいないか……」


 切り伏せられその場に倒れる俺をしり目に、男はほかの村人を探しに家を出ようとする。


 しかし、行かせるわけにはいかない!

 もしリーナがほかの村人と逃げ出していてくれていたのなら、彼女が安全な場所まで逃げれるだけの時間を少しでも稼がなければ……。


 そう思い、俺は男の足に飛びついた。

 そして、男を足止めするため必死にしがみついた。


「放せ! 放しやがれ!!」


 男が叫びながら、俺の背中に何度も剣を突き立てる。

 激しい痛みが俺の背中を突き抜ける。


 しかし、放すか! 放すもんか……!!


 燃え盛る炎の中、盗賊のリーダーとの格闘はつづく。

 そうしている間にも、ますます家中に火の手が回る。

 そしてやがて、家中に回った火の手により建物が崩れ始めた。


「うわああああああーーーーーーーー!!」


 男と俺の頭上に、燃え盛る天井が落ちてきた。

 最後に俺の記憶に残っていたのは男の絶叫だった……。



 また夢を見た……。

 あの三人の女の子たちの夢だった。

 俺が死んでいる間に見る夢なのだろうか?

 しかし、今までに見ていないときもあった。

 俺が覚えていないだけだろうか……?


 いや、今はそんなことを考えているときではなかった。

 俺が意識を取り戻すと、目の前には無残な姿となった村の様子が広がっていた。

 足元には、盗賊団のリーダーだった男の焼死体が転がっている。

 なんとか刺し違えることができたようだ。

 残った盗賊たちはどうしたのだろうか?

 リーダーを失ったことで逃亡したのだろうか?

 あるいは、目的を果たしたことで引き揚げたのだろうか?

 ともかくどちらでもよかった。

 ここからいなくなってくれたことには変わりない。


 俺は村中を見て回った。

 村人や盗賊たちの亡骸が、村のそこかしこに見られる。

 しかし、リーナの遺体は見当たらなかった。

 ほかの村人とうまく逃げ延びた、と思いたい。


 その後、別の場所でルーカスさんの遺体を発見した。

 やはりあの人数の盗賊たちには、敵わなかったようだ……。

 俺は彼の亡骸を近くの川辺まで運び、そこに丁重に埋葬した。

 よく彼と釣りをした場所だった。


 彼と一緒に釣りをした時のこと……。

 大量の魚を持ち帰り、それを見たリーナが喜んでくれたこと……。

 その魚たちを彼女が料理してくれて、みんなで楽しく食事したこと……。

 そのほかにも、慣れない農作業に苦労したことや、剣術の特訓をしたことなど……。

 目を閉じると、たった一ヶ月ほどではあったが、この村で経験した光景が次々と浮かんでくる。


 そんな感傷に浸っていた時だった。

 背後に誰か人が立つ気配を感じる。


 もう村には誰もいなかったはず……。

 まさか盗賊の生き残りが……?

 いや、村人の誰かが……?

 もしかして、リーナが生きていてここに戻ってきたとか……?


 不安と期待を胸に抱きつつも、意を決し、俺はその人物のほうへ振り返った。

 だが、そこに立っていたのはこの世界でもっとも会いたくない人物だった……。

 いや、邪神だから人物ではないのだが……。


 相変わらず、邪神はニヤニヤとした気味の悪い顔でこちらを見ている。

 しかし、今はとても奴の相手をする気になれない。

 そう思い、無視をしてその場を立ち去ろうとしたが、奴のほうから話しかけてきた。


「ねえ、助かった村人たちがどうなったか気になる~~?」


 くそっ! 本当にこいつは人の神経を逆撫でするのが得意なようだ……。


「当たり前だろ!!」


 俺は奴に怒鳴りつけていた。


「けーら、けらけらけら……。そんなに怖い顔しないでよ、教えてあげるから~!」


「信用できるわけないだろ!!」


 再び奴に怒鳴り返した。


 きっとなにか裏があるはずだ。


 しかし奴は、そんな俺の考えを気にもしていない様子だった。


「これは神の啓示でもあるのよ……。こほん! では、聞きなさい!」


 勝手に話を進めていく。


 なにが『神の啓示』だ! 邪神のくせに……!


 はらわたが煮えくり返りそうな気分だった。


「……汝、これより東方にある王都を目指しなさい。さすれば、道は開かれるであろう!」


 目の前の邪神は、得意満面の笑みを浮かべる。


「王都に行けば、村人たちやリーナの無事が確かめられるんだろうな!?」


「信じるも、信じないもあなた次第よ……」


 こんな奴、信用できない……。

 またなにか裏があるに決まっている。

 しかし今は、藁にもすがる思いだ。

 こんな奴の言葉に従うのも癪だが、一応これでもこいつはこの世界の神だ。

 この後の展開が読めているからこそ、そんなことを言うのだろう。

 ならば、ここはあえて騙されてやろうじゃないか!

 虎穴に入らずんば虎子を得ず……とも言う。

 世話になった村の人たちのため、ルーカスさんやリーナのため、ここはあえて火中の栗を拾いに行ってやる!



 俺は意を決し、王都へ旅立った。

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