第13話 幸せの代償

 朝、目が覚める。

 目が覚めたら、食事をする。

 食事をとったら、仕事に出かける。

 仕事が済めば、家に帰りまた食事をする。

 また食事をとったら、床に就く。


 そんな平凡な日々が、久しぶりに戻ってきた。

 そんな平凡な日々を送れることを、有難いことだと感じていた。


 ルーカスさんたち村人に迎え入れられてから、早数日が経った。

 俺は彼の仕事の手伝いをしながら、彼の家で世話になっていた。

 彼の仕事は主に畑仕事で、たまに村の外に狩りに出かけたり、近くの川に釣りに行ったりすることもあった。


 今日は、のんびりと釣りをすることとなった。

 出掛けにリーナから「夕食のおかずにするから大物を釣って来て」と言われて送り出されているので、プレッシャーがかかってはいるが……。


 いつものように、村のすぐ横を流れる川を釣り場にする。

 ルーカスさんと二人、午前のさわやかな日の光をキラキラと反射する川面に釣り糸を垂らす。


 ちなみに、村の近くを流れるこの川は、上流はヴァイスベルクの街に通じているらしい。

 そして、俺はこの川の川岸に倒れていたのを発見されたという話だった。

 川には多くの川魚が生息していて、また、この川の水は村の生活用水にも使われており、村にとっても大切な川とも教えられた。


 しかし、上流はヴァイスベルクに通じているということは……。


 俺は、深く考えるのはやめることにした。


「ところで、どうだい? 村の生活にはもう慣れたかい?」


 ルーカスさんが、川面を見つめながら話しかけてくる。


「はい、おかげさまで。村の人たちも親切にしてくれますし……」


「そうかい、それはよかった」


「本当に感謝しています。食事や寝床の世話までしていただいて……。それにこの服もありがとうございます」


「はははっ、君の服はかなりボロボロになっていたからね。それに、ちょっと臭いもきつかったしね……」


 ヴァイスベルクで暮らしている間ずっと着ていた服だ、相当臭いもきつかったことだろう……。

 それに衛兵とのいざこざで、かなりボロボロになっていたようだ。

 そこで、ルーカスさんが自分の服をくれたのだが、ただ、彼の服は少々サイズが大きかった。

 彼は、俺より少しばかり背が高く、そしてなにより鍛え抜かれたたくましい体を持っている。

 そのためその服は、胸周りや肩のあたりが少々ブカブカだった。

 しかし、それをリーナが手直ししてくれて、ぴったりのサイズにしてくれたのだった。


 彼女は本当によくできた子で、家事全般なんでもそつなくこなしてしまう子だった。

 30を過ぎてもまともに飯もつくれず、部屋も散らかし放題だった俺と比べてなんと立派なことだろう。

 まぁ、過去の自分と比べるのもなんだが……。


「しかし本当にこのまま、この村でお世話になっていてもいいんですか?」


 釣りをしながら会話がつづく。

 先ほどから適度にアタリがあり、釣果まずまずの結果になりそうだ。


「ああ、構わないよ。前にも言ったように、ここにはそんなことを気にする者もいないしね」


 彼は、俺がこの村に来たときと同じことを言ってくれる。


 しかし、俺はヴァイスベルクの街で衛兵を殺して逃亡した身。

 衛兵たちが探しに来て、それを匿ったということで、この村の人たちにも罪が及んでしまったりしないだろうか?

 そんな不安が湧いてくる。


 これだけ世話になっている人に、そんな迷惑をかけていいものだろうか……。

 いや、いいわけがない!


 俺は、正直に今までのことを話す決心をした。


「そうか……、そんなことがあったのか……」


「えぇ、それであまりこの村にいるといつか迷惑をおかけすると……」


 彼は、俺の話を聞いて遠い目をする。

 なにかを思い出しているような様子だった。

 その姿を見て、俺は意外と驚かれなかったことに戸惑いを感じていたが、むしろ次に出た彼の言葉に俺のほうが驚愕させられるのであった。


「実はね……、俺は昔、盗賊をしていてね……。その時に多くの罪のない人たちの命を奪ってきたんだよ。あるとき、それが嫌になって盗賊団から逃げ出して、そのまま足を洗ってこの村で過ごしているってわけだが……」


「えっ!? ルーカスさんに、そんな過去が!?」


「あぁ……、そして、そのときに盗賊団を抜け出した仲間たちと一緒につくったのが、この村なんだ」


 一見なにもないこののどかな田舎の村に、そんな秘密があったとは……。

 衝撃の事実に驚きを隠せなかった。


「その後、俺たち以外にもなにか事情があって逃げてきたという者たちが、ここを訪れてくるようになってね。この村は、そんな者たちが集まって暮らしているんだよ。もちろん、今ではみんな、まっとうな暮らしをしているけどね。……だからこの村は、そういった行き場を失くした者たちをむしろ歓迎しているよ」


 それで、素性のわからない俺をあんなにもあっさりと受け入れてくれたのか……。

 複雑な思いはするものの納得はいった。


 しかし、本当に衝撃的な話だった。

 この村の人たちが、盗賊や過去になにか後ろめたいことをした人たちの集まりだったなんて想像もつかなかった。

 ルーカスさんをはじめとする村人たちは、みんな穏やかそうないい人たちばかりだからだ。

 むしろヴァイスベルクの衛兵たちのほうが、よっぽど盗賊みたいに感じる。


 出来れば二度とあんな人間たちと、関わり合いになりたくないものだ……。


 そう思っていたが世の中、嫌な人間とこそ縁が切れないもののようだ……。

 大漁の釣果を得て、意気揚々と家路に向かう途中、村の入口でなにやら見慣れた格好の男たちが村人と揉めているのを目にする。

 その男たちは、誰か人を探しているらしい。


 まずい、あいつらヴァイスベルクの衛兵だ!


 俺はとっさに隠れようとしたが、傍にいたルーカスさんが「俺に任せておけ!」といった感じの合図を目で送ってきた。

 俺は、彼の後ろに隠れるようについて行く。


「あの……、私はこの村のリーダーを務めている者ですが……、この村になにか御用でしょうか?」


「ああ、我々は街の衛兵を殺して逃亡した者を探している。お前たち、なにか知らんか? 隠し立てするとただじゃおかんぞ!」


 ルーカスさんの下手に出た態度に対して、まったく逆の横柄な態度で返す衛兵たち。


 本当にこいつらの人間性ときたら……。

 いったい何様だと思っているんだ!


 しかし、そんな俺の憤りは置いておいて、幸いなことにどうやら彼らに俺の顔は割れていないらしい。

 こいつらは衛兵舎にいた奴らとは違うようだ。


「どこの街の衛兵さんです?」


「ヴァイスベルクだ!」


「ヴァイスベルクですと、この辺の領主さまと違う領主さまの街ですよね? いいんですか、違う領主さまの土地をうろついていて?」


「うっ……そ、それは……」


 ルーカスさんの質問に衛兵たちはたじろぐ。

 今のやり取りから察するに、この村とヴァイスベルクの街はそれぞれ別の領主が治める土地になるみたいだが、衛兵たちは勝手にこの土地に入ってきたようだ。

 この国では、領主同士が土地をめぐって争いを行っている場所もあると聞いたが、違う領地の衛兵がうろついているなどその領地を治める領主の耳にでも入れば、その争いの火種にもなりかねない、と予想がつく。

 おそらく、この衛兵たちもそれに気が付いたのだろう。


「ちっ、まあいい! いくぞ!」


 隊長らしき衛兵の言葉とともに奴らはすごすごと帰っていった。

 彼らも所詮雇われの身、面倒事をつくって上司に睨まれるのは避けたいのだろう。

 なにもできず悔しそうな奴らの姿に、正直なところ胸がスカッとした。

 だが、一抹の不安が心のどこかに残りつづけていた……。



 一時はどうなるかとヒヤッとしたが、無事何事もなく家に帰り着くことができた。

 捕れた魚をリーナがすぐに調理してくれる。

 さっと火で炙った焼き魚と、付け合わせにハッシュドポテトとザワークラウトのようなものが食卓に並べられた。

 この世界へ来てから食事もすでに何度目かになるが、この世界全般にもジャガイモやニンジン、タマネギ、キャベツといった前世と同じような野菜が存在していて、一般に食されているのも前世と同じようだ。

 そんな中、リーナが作ってくれる料理は、どこかドイツの家庭料理といった感じの物が多かった。


 リーナの料理の腕は相変わらず大したもので、焼き魚は単純に塩で焼いてハーブを添えただけのものだったが、焼き加減が絶妙で素材の味がそのまま生かされており絶品だった。

 そして、付け合わせもまた単純な料理でありながら、胃も心も十分に満たしてくれる代物だった。

 幸せな食卓を囲み、ついつい酒もすすむ。

 この村特産の地ビールらしいが、これもまた最高の味だった。


 ルーカスさんと二人、食事がすんだ後もしばらく酒を酌み交わす。

 リーナは先に床についてしまった。

 しっかりしていると言っても、まだまだ子供のようだ。

 なんとも微笑ましい。


「ほんと、いい子ですよね、リーナは……」


「ははっ、俺の娘とは思えないほどだろ……?」


 ぽつりと出た俺の本音に、ルーカスさんは自虐的な言葉を返す。

 よくある出来のよい子供を持つ親が口にする謙遜の言葉だと思い、軽く聞き流していたが、次に耳にする言葉はさすがに聞き流せなかった。


「まぁ、本当に実の娘ではないのだけどね……」


 本日聞く、二度目の衝撃の事実だった。

 いや、なんとなく予想はついていた……。


 昼間に聞いたこの村の秘密。

 もと盗賊たち、流れ者たちの村。

 なぜ、そんな村にリーナのような子が?

 どこか違和感があった。


 もちろん、盗賊から足を洗ったルーカスさんが、この村で誰かと結婚して授かった子とも考えられなくはなかったが……。


「盗賊団にいた頃の話だが、ある村を襲ったんだ……」


 どうして実の娘じゃない子を育てているのか、と俺が聞くまでもなく、彼はその話を語り始めた。


「村の食料を奪うために、村人を皆殺しにしてね……」


 彼の口から、とても彼のやったこととは思えない凄惨な光景が語られる。


「そんな中、家探しに入ったある家の中で赤ん坊が泣く声が聞こえてね……。声のするほうへ行ってみると、そこに赤ん坊を抱えた女性が、まるで赤ん坊を庇うように倒れていたんだ……」


「それって……」


「あぁ、その赤ん坊はリーナで、女性はおそらくリーナの母親だよ。彼女はすでに事切れていたけどね……」


 リーナの母親は、盗賊団の誰かに殺された……。

 ルーカスさんのもと仲間に殺されたということだ。


 そのことをリーナはさすがに知らないよな……。


 なんともいたたまれない気持ちになってくる。


「それを見てね、なんの情が湧いたのか……。気がついたら、その赤ん坊を抱いてその場から逃げ出していたのさ……。もともと盗賊をつづけることに嫌気がさしていたんだけどね、どうして赤ん坊まで連れて行ったのかはわからなかったよ……」


 なんだろうか……運命……?


 彼自身も、なぜだかわからないと言っているが、人が出会うべくして出会う、なにかひかれるものが二人の間にあったのだろう。

 難しくてわからないが、それが今の二人の幸せ、この村での平穏な暮らしに繋がったのなら、それでいいじゃないか。

 俺は、ひとりで勝手に納得して感動していた。


「それでつくられたのが、この村ということですね?」


「あぁ、最初川沿いに見つけた小屋に隠れ住んでいたのだけど、その周りにどんどん仲間たちが集まってきてね」


 昼間に聞いた話とここで繋がってくるわけだ。


「わかっているとは思うけど、当然、この話は娘には内緒でお願いするよ。一応、あの子には、母親はあの子を産んですぐに病気で亡くなったってことにしてあるからね」


 この話はリーナには秘密。

 当然、そう言われる予想はついていた。

 もちろん本人に話すつもりは、まったくない。

 世の中には、知らないほうが幸せということはいくらでもある。

 二人は本当の親子ではないが、世の中のどんな親子よりも厚い信頼関係で結ばれているように感じる。

 この数日間の二人を見ていて、少なくとも俺はそう思っていた。


「内緒にする代わりと言ってはなんですが……、俺に剣術を教えてもらえませんか?」


 俺は、そんな交換条件を提示した。

 ルーカスさんも、もと盗賊。

 一流の剣士とまではいかなくとも、多少の腕は持っているだろう。

 自分も多少なりには剣を使えるようになりたい、と思っていた。


「構わないけど。どうして?」


 当然、そんな質問が返ってくる。


「この国はとても乱れている、と聞きました。もしかすると、この村もいつか危険に巻き込まれることがあるかもしれません。この村は素晴らしい村です。もしものときに、この村を守れるように、皆さんと一緒に戦えるようになっておきたいんです!」


 俺は、正直に答えた。

 こんな辺境のなにもない村だ、なにかの危険にさらされるようなことが起こるとは考えにくい。

 しかし、それでもこの国の現状を聞く限りでは、どこも安全な場所はないようにも思える。

 万が一のときに、なにもできないのは嫌だった。

 ただでさえ、普段から村の人たちには世話になりっぱなしだった。

 だから万が一のときに、俺もみんなと戦えるようになっておきたかったのだ。


「……わかった。俺もそこまで大した腕を持っているわけではないが、それでもよければ明日から教えてあげるよ」


「ありがとうございます!」


 次の日から、俺の日課に剣の特訓が加わったのであった。

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