第6話 冒険の『リアル』を学ぶ
翌朝、俺たちはパンとスープの軽い朝食を取り、宿を出た。
まずは午前中に旅の準備をして、昼過ぎには街を出発する予定だそうだ。
このヴァイスベルクは、街の規模としてはそれほど大きいわけではないが、旅の拠点にする分には充分な施設がそろっているらしい。
街のほぼ中央に位置する広場から縦横に延びる街路沿いには、さまざまな店が並んでいた。
そんな中から真っ先に寄ったのは、武器防具を扱っている店だった。
スヴェンが立て替えてくれるから、先ずは俺の装備を整えようということになったからだ。
店に入ると、そこには多種多様な武器や防具が並んでいる。
まるで前世の博物館に来たような光景に、俺は年甲斐もなくワクワクしていた。
まず壁に目立つように掛けられた大剣や大斧に目がいく。
だが、その中二病的なフォルムに心奪われるが、さすがに最初からこんな物は扱えないだろう、とすぐに冷静さを取り戻す。
ほかに見渡すと、ロングソードのような剣が壁にかかっているのが目についた。
よくゲームなどで片手装備の定番として序盤に出てくるので、最初はこれぐらいからだろう、と軽く考え手に取ってみた。
しかし、予想に反した重量が俺の手にかかり、俺はバランスを崩し倒れそうになる。
「うわ! っとっとっと……」
なんとか体勢は持ちこたえたものの、剣の切っ先が床についてしまう。
剣自体を落とさず、握りつづけているようにするだけで精一杯だった。
えっ!? ロングソードってこんなにも重いのか?
ゲームの中の主人公たちってそんなにムキムキの体していないのに、片手でブンブン振っているじゃないか……。
俺の頭の中に涼しい顔をして片手で剣を振りながら、敵をバッタバッタと薙ぎ払っていくゲームのキャラたちの姿が浮かぶ。
確かに、手にした瞬間は軽い気持ちで持ってしまったため、予想外の重さに少々戸惑ってしまったが、片手で持てないほどの重さではない。
しかし、片手で剣の先をぶれないように振って、敵を斬りつけるとなると相当難しい、と思えた。
俺は、こんな剣さえまともに扱うことができないのかとショックを受ける。
いつかツヴァイヘンダーとかフランベルジュとか使ってみたかったのだが、片手剣でこれなのだ、大剣なんて夢のまた夢だろう……。
「はははっ、そんな剣、冒険には不向きだぞ! これとかいいと思うぜ!」
一連の俺の様子を見ていたのか、そう言いながらスヴェンが一本の剣を俺に差し出してきた。
「これなら、軽くて片手でも振り回せるぜ」
そう言って彼が手渡してきたのは、ロングソードよりも数十センチ短めの剣だった。
「あるいは、こっちのダガーとかのほうが実用性は高いぜ」
確かに、ゲームやアニメの影響を受けて派手なものにばかり目がいっていたが、現実的にはそんなものだな、と思ってしまう。
ちょっと夢が崩れてしまったな……。
そうなると次は防具だが、これも……。
店のカウンターの横に立っている立派な鎧に、ちらっと目がいく。
フルプレートアーマーとまではいかないが、ほぼ全身を覆う程の重厚な鎧。
その姿は無骨なフォルムながらも、まるで店の看板商品といわんばかりの目立ちようだった。
「はははっ、なんだ、お前? 冒険じゃなくて戦争に行きたいのか?」
またスヴェンが、笑いながら俺にアドバイスしてくれようと話しかけてくるが、さすがにあんな全身を覆う程の重鎧が冒険向きじゃないのは俺でもわかる。
「いや、ただ、かっこいいなって思って見ていただけです……」
「確かにかっこいいよな。まぁ、俺らには必要ない物だけどな。そもそもあれは、店の宣伝のために置いてあるようなもんだしな」
「宣伝ですか……?」
「ああ! あんな全身を覆う物、ちゃんと自分の体に合うようにつくらないとかえって体を守れないぜ。だから、あんな店先に置いてある既製品なんて誰も買わねぇよ。必要な奴は、みんな特注でつくった物を使うからな」
{つまりあれは、見本みたいな物ということですか……?}
「ああっ! そんなところだな。まあ、一部の金を持て余している好事家が家に飾るのに買っていくこともあるがな」
宣伝用ということは売り物ではないということだろうか、と疑問に思ったところ、スヴェンはその点についても説明してくれた。
まぁ、そもそもあんな重装備は冒険に不向とかいう以前に、俺には重すぎて身に着けても動けなくなってしまうだけだ。
こちらも憧れるだけで身に付けることなど、おそらくこの先有り得ないだろう。
しかしそう考えみると、ゲームとかで戦士系のキャラは、よく『〇〇の鎧』とか着ているが、それで冒険するというのは無理があるよな……。
ゲームの設定のリアリティに、改めて考えさせられる。
冒険するなら身軽な装備のほうがよいということは、十分理解できた。
その上で、自分に合いそうな物を物色してみることにしよう……。
参考までに、改めてスヴェンたちの恰好を見てみるが、スヴェンは服の上に胴体部を守るようにレザーアーマーを身に付けている。
アンナは……ローブだけだろうか?
「私は、このローブの下にチェインメイルを着こんでますよ。戦闘に参加することはほとんどありませんが、一応、念のためということで……」
その視線と意図に気付いたのだろうか、アンナが答えてくれた。
後衛で待機するだけといっても、さすがに万が一のことも考えておかなければならない、ということのようだ。
「今回、お前には荷物持ちを頼んだけど、自分の身は自分で守ってもらうからな。最低限の装備はしておいたほうがいいぞ」
スヴェンが、アンナの言葉につづいて忠告ともとれるアドバイスをしてくれる。
そこで、ここまでの話を参考にして、俺はショートソードと薄手のチュニックのような旅人用の服を購入する。
あと一応、アンナのように服の下にはチェインメイルを着こむことにした。
次は雑貨屋に行こうと店を出たとき、俺はまたアンナの姿に目がいった。
なんとなく違和感を覚えたからだった。
「アンナは、杖とかいらないんですか?」
そう、アンナは魔術が使えると言いていた。
つまり魔法使い……いや、この場合は魔術士か?
その違いについては、俺は詳しく知らないから置いておくとして、どちらにしても俺の中にある魔術士のイメージは、ローブ姿に杖を持っているというものだった。
「杖ですか……? 邪魔になるので持ってないですね……。 護身用の武器はこれを使いますから」
アンナはそう言って、腰にぶら下げている鉄球を見せる。
持ち手のついた棒の先についているその鉄球からは、無数のトゲが生えていた。
「モーニングスター?」
「そうです。非力な私には杖で殴るよりこちらのほうが、殺傷力があるので……」
いや、そうじゃない。
武器というよりも魔術を使用するときに、魔力を増幅させたりするために魔術士って杖を持ち歩くんじゃないの?
それが聞きたかったのだが、返ってきた答えは期待したものとは違ったものだった。
しかし、アンナはすぐに質問の意図を勘違いしていることに気付いてくれた。
「あぁ! そうじゃなくて、魔術を使うときのためにっていうことでしたか……。 それでしたら、魔石の施された杖であれば、持っている人もいますね。」
「魔石が必要なんですか……?」
「そうです。ただの杖では叩くぐらいしか役に立ちません。魔術を使うための補助器具として使うなら、必要なのは杖よりも魔石のほうです。魔石だけを持ち歩く人もいますが、使い易いように杖やその他の武具に魔石を装着させるっていう人もいますね。ただ、魔石付きの杖ってすごく高いんですよね……。一介の冒険者の私になんて、とても手の出せる物ではありません……」
なるほど……
魔術士の武器=杖ってイメージがあったけど、ただの杖では意味がないわけか……。
「しかし、そんな高価な物だと誰が使ったりするんですか?」
素朴な疑問が湧く。
「王宮に勤める魔術士などは持ってたりしますね。ですが、どちらかと言うと、自分の地位をひけらかすために持ち歩いている、といった感じらしいですけど……」
ステータスシンボルってわけか……。
なんか、前世の『外車を乗り回す金持ち』みたいだな……。
前世で金持ちに恨みがあったわけではない。
しかし平凡な生活を送っていた俺にとっては、妬ましいと思う負の感情もなかったわけではない。
この世界でも、あのような感情を受けることがあるのだろうか……?
いや、この世界で成り上がって、いつか俺も勝ち組になってみせる!
そう新たな決意を誓っているところ、アンナの話はつづく。
「あとは王や各地の領主が、戦時に集めた魔術士に貸し出せるように持っているとか……」
つまり、魔術士用の杖は高価なため魔術士が必ず持っているとは限らない。
だが、戦力は高いほうがいいから、そういった魔術士に武器を貸与するわけだな。
しかしその様子が頭の中で、前世における『社用車』のイメージとつながってしまう。
なんだか、『魔術士用の杖』が前世における『自動車』とイメージが重なってしまった。
前世における『自動車』というと、ピンからキリまであるが基本、簡単に手に入るという物ではなかった。
そのため、所有していない人も結構いたものだ。
俺も持っていなかったし……。
まぁ、持っていれば便利だが必要のない人には、そこまでの大金をはたいてまで手に入れようという物でもなかったし、その点では似ているといえば似ているのかもしれない。
先ほど、アンナが一介の冒険者には手が出せない、と言っていたのを聞いて、安月給だった俺が車を持っていなかったことと考えが重なって、なんだかちょっと悲しくなった。
しかしそこでまた、別の疑問が頭の中をよぎる。
冒険者の収入って、そんなに少ないのだろうか……?
アニメや漫画の中の冒険者というと、高難易度のクエストをガンガンこなしてめちゃくちゃ稼いでいるって感じだけど、その点はどうなんだろうか。
「先ほどアンナは、一介の冒険者では魔術士用の杖が買えない、って言ってましたけど……、冒険者ってそんなに儲からないんですか?」
「正直、腕と運しだいだな……。運よく、たんまりと財宝の眠っている遺跡でも発見できれば、そのお宝でがっぽり儲けることができる。しかし、そういった場所って、ほとんどないんだよな……。あったとしてもそう易々とたどりつけない危険な場所とかにあって、割に合わないことが多いんだよな……」
率直な疑問をぶつけてみると、スヴェンが苦笑いを浮かべながら答えてくれた。
「あとは盗賊を退治して、そのお宝を分捕るという手もあるんだけどな……」
「しかし、盗賊のお宝というと、もともと誰かの所有物だったりして、返さなければいけないとか、そんなことはないんですか?」
「ああ、所有者が生きていれば、取り返してくれといった依頼を受けて報酬が期待できるってこともあるな。しかし、そもそも盗賊が所有者を殺して奪った物のほうが多い。そういった物は、盗賊を退治した者がそのままもらっていいことになっている」
「そうなると盗賊退治は、稼げそうですね?」
「いや、それがそうでもないんだよな……。当然、相手は武装している。しかも、結構腕が立つ奴が多いんだよな……。さらには、そんなのが徒党を組んでいやがる……。腕のいい冒険者でも骨が折れると思うぜ。規模によっては何百人という盗賊たちが、徒党を組んだ盗賊団なんかもあったりする。もうそうなると軍隊のお出ましで、俺たち冒険者の出る幕じゃなくなるがな。はっはっはっ……」
スヴェンは、そう言って大きく笑う。
ゲーム定番のダンジョン探索。
ダンジョンに入れば必ず宝箱があって、いろいろなお宝をゲットできる。
これがゲームであるならば、だが……。
現実的に考えれば、そんな物がある場所のほうが珍しいということだ。
仮にあったとしても、そんなのもうすでに誰かが発見した後って場所ばかりだろう。
確かに、危険な場所なら残ってそうだけど……。
あと、盗賊についても、ゲームの世界なら雑魚中の雑魚。
しかし、これも現実的に考えれば、盗賊になるような奴がそこいらの一般人より弱いとは考えれない。
腕力に自信があるからこそ、そんなことをやるのだろう。
そして彼らだってバカじゃない……。
いや、バカだから盗賊をするしか生きる道がないという奴も、中にはいるかもしれないが……。
多少知恵があれば生きていくために、仲間と協力することくらい考えるだろう。
なんだか現実を突きつけられて、異世界に抱いていた幻想がどんどん崩れていく。
まだ出発前だというのに、テンションがどんどん下がっていってしまう。
次に向うのは雑貨屋だが、今度はどんな現実が待っているのだろうか……。
雑貨屋で仕入れたものは……
ポーションと解毒薬をそれぞれ数個ずつ。
うん、これはやはり定番だな!
松明を数本。
遺跡を調査するって言っていたもんな。
薪、数十本……。
え? 薪!? しかも数十本って……。
いやいやいや! 薪って、現地でも調達できるんじゃない!?
っていうか、荷物のほとんどが薪になってしまったんだが……。
「あの……、薪って現地でも調達できるんじゃないですか?」
「ああっ! でも現地で調達するのは大変だぞ。とくに昨晩は雨が降ったからな、森の中の木は湿っていてそんなのに火はつかないぞ」
疑問に思い尋ねてみたが返ってきた答えは、確かにそのとおりと言わざるを得ないものだった。
一応、現地で乾いた小枝くらいは集められるようだが、種火を作るのに使えるくらいで、ひと晩焚火をもたせるには相当な量の小枝をかき集めなければならないということらしい。
じゃあ、現地で木を伐採して薪にするとかどうだろう……?
などと考えたが、それは結構な労力と時間が掛かるから、現地ではそんなことをやっている暇がないらしい。
それにそもそも、それまで生えていた木は湿気を持っているから、しばらく乾燥させてからしか使えないためその場ですぐには使えないようだ。
そんな理由で、重くてもかなりの量の薪を持っていかなければならないとのことだった。
その後も雑貨屋での買い物が進められたが、購入した物はなにやらキャンプ道具みたいな物ばかりだった。
確かに野営をすることになるわけだから、必要な物はそんなところだろう。
しかし、前世のキャンプのイメージに、なんとなく異世界の冒険観を壊されてしまった。
午前中になんとか準備を済ませ昼食を取り、ようやく冒険に出発となった。
しかし、出発の準備だけでいろいろと現実を見せられてしまった気がする。
これから先どうなるのだろうか……。
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