第5話 初めての仕事と仲間

「ヴァ…… イス…… ベルク……?」


 街の入口に掲げられた立札を見る。

 書かれていたのは、どうやらこの街の名前らしい。

 しかし、むしろ気になるのはその書かれていた文字だった。

 漢字でもない、アルファベットでもない、初めて見る奇妙な形の文字だったが、なぜか読むことができたのである。

 そう言えば、先ほど衛兵とも普通に会話ができたが、言葉に関しても日本語のように流暢に扱えるようだ。


 これも転生特典か?


 いきなり異世界に放り出されて、言葉もわからない、文字も読めないのでは、なにもできなかっただろうからこの点では助かったと言える。

 しかし、こんなことが最初からできるのなら、装備もなんとかならなかったのだろうか。


 昔のゲームの王様でも、ヒノキの棒とはした金くらいはくれるというのに……。

 いや、いまはそんなことを考えているよりも、早く酒場に行かなければ……。


 夕暮れ時となり、先ほどより寒さが増してきた。

 街の道路は石畳で整備されており、そのひんやりとした場所に裸足で立ちつづけているのはさすがにつらかった。


 酒場はすぐに見つかった。

 中央広場からつづく通りに、宿屋が何件も立ち並んでいる場所がある、と親切な町人が教えてくれたからだ。

 宿屋はたいがい酒場も一緒にやっているところが多いらしい。

 なので、なにも考えず適当にその中の一件に目星をつけて入ってみた。


「いらっしゃーい!」


 店の女将の威勢のいい声に迎えられると同時に、店の客の何人かがこちらに視線を向ける。

 いかにもゴロツキといった風貌の男たちが、こちらを睨みつけてくる。


 これはもしや、異世界定番のいきなり酔っ払いに絡まれる、という流れだろうか!?


 などと一瞬、警戒したがすぐにそれが勘違いだと気づく。

 男たちは俺を睨みつけていたのではなく、変な奴が来たと、むしろ俺を警戒して見ただけで、なにかちょっかいを出そうとすることもなく、すぐに目をそらしてしまった。


 こちらの緊張も解け、落ち着いて店内を見渡してみると、その雰囲気は前世の居酒屋と似たような感じだった。

 ゴロツキ風の男にばかり目がいってしまっていたが、よく見てみれば、普通の町人っぽい客や女性の客も何人かいる。

 もっとアウトローな雰囲気を想像していたが、和気あいあいとした様子に少々肩透かしをくらってしまった。

 だが、俺はすぐに気を取り直して、仕事の依頼について聞くため店の女将に近づいた。


「浮浪者かい? 暖を取りに来ただけなら、とっとと帰っておくれ!!」


 しかし、俺がカウンターに近づくや否や女将はきつい口調で言い放つ。


 酷い言われようである……。


 確かに裸足にヨレヨレの部屋着姿では、そう見えてもしょうがないかもしれない。

 しかし、このまま店を追い出されては仕事にありつけない。

 それに、今日はすでに日が暮れてしまっている。

 仕事を引き受けることを条件に、宿に泊めてもらえないか交渉もしたい。


「実はここに来る途中、盗賊に襲われて……」


 俺は街の入口にいた衛兵に使った言い訳を話のきっかけにして、なにか仕事がないか、そして、その報酬で支払うからツケで宿屋に泊めてもらえないかと尋ねた。


「気の毒だけど、こっちも商売でやってんだ……。ほかを当たっておくれ!」


 しかし、返ってきた言葉は冷たいものだった。

 当たり前である。

 金を持っていないという男に寝床を貸す……そんなのボランティアでもない限りあり得ないだろう。


「……ですので、さっきも言ったように、なにか仕事を紹介してください。その報酬で必ず払いますから」


 俺はここで引き下がるわけにはいかないと縋りつくように頼み込むが、返ってきた言葉はさらに辛辣な物だった。


「そんなこと言って、泊めた後に宿代を踏み倒されないって保証がどこにあるんだい? それに仕事って言うけど、そもそも盗賊に身ぐるみはがされちまうような奴が、盗賊や魔物の討伐ができるって言うのかい?」


 ぐうの音も出ない。

 確かにその辺に出る盗賊に追い剥ぎされたやつが、なにを言っているんだ、と言われても仕方がない。

 しかし盗賊に追い剥ぎされたと言うのは、便宜上ついた嘘であるわけだから、俺は実際に盗賊にやられたわけではない。

 なんせ女神に不死身の体をもらってこの世界に降り立ったわけだから、この世界に敵わないものがあるわけがない。

 そう思い、俺は自信満々に言い返す。


「盗賊にやられたのは、たまたま油断していたからです! 俺が本気になれば、ドラゴンだって退治して見せますよ!!」


 それを聞いて、女将はきょとんとした顔になってしまった。

 同時に、店の中で大爆笑が起こる。


 結構、本気で言ったつもりだったが、さすがにドラゴンを退治するとは言い過ぎだったみたいだ。

 仮にドラゴン退治の仕事があったとしても、実物を目にして怖気づかずにいられるだろうか。

 いくら不死身の体を持っていると言っても、怪獣映画に出てくるような存在を目の前にして、まず立ち向かっていく勇気が出せるかどうか……。


 思わず啖呵を切るように言ってしまったが、さすがに言ったことを後悔した。


 まぁ、そもそも女将には、鼻から相手にしてもらえていないようだが……。


 そんな中、俺の言葉に爆笑していた客の一人が俺に声をかけてきた。


「にいちゃん、ドラゴン退治をしたいのなら、こんな所にいないで王都に行かなきゃ。」


 王都……その言葉に俺は、この国は王が治める王国であるということを、改めて知ることになる。

 中世ヨーロッパのような世界と女神シスは言っていたが、ほかにいくつもそういった国が存在するのだろうか?

 いや、それよりもこの国はどんな国なのだろうか?

 それにドラゴン退治をするには、王都へ行かなければならないというのは、どういうことだろうか?

 王都で、ドラゴンを退治するための兵の募集でもしているのだろうか?


 俺は、この世界の国々について気になったが、まずこの国自身のことを知りたいと思い、話しかけてきた客にその辺りのことを尋ねた。


「なんだい、にいちゃん! あんた、そんなことも知らないのかい……? あんた、どっかよその国から来たのかい?」


「まぁ、そんなところです……」


 よその国と言うからには、ほかにも国があるのだろうが、それがどの国のことを言っているのかわからなかったため、俺はあいまいな返事をした。

 だが、彼は俺がどこから来たのかなど気にもしていないようで、そのまま話をつづける。


「この国は、『ザクスーン王国』っていうんだ。王都の名前は、『ドラーケンブルク』だ。この町から山を下っていくと大きな街道に出るが、そこを東に10日ほど歩けば行けるぜ。」


 王都の名前は、まさにドラゴンの街。

 なにかしらの関係があるのだろう。

 近くにドラゴンの巣があるとか……?


 そんな疑問を頭に浮かべていると、彼はそれを察したように、


「王都の近くに赤竜山っていう山があってな、そこに『ドラーケンへ―レ』と呼ばれるドラゴンたちの巣があるらしい。そこには、何十匹か何百匹かはわからねぇが、ドラゴンたちが住んでるらしいんよ。そんなとんでもない数のドラゴン、軍隊を派遣しても討伐は無理だろうってことで、そのままにされているらしいがな。むしろ街には危害を与えないどころか、そのドラゴンたちを恐れて、ほかの魔物が周辺には寄り付かないから王都は平和らしいぜ」


 さらに詳しい説明をしてくれた。


 しかし、軍隊でも討伐できない数のドラゴンが住んでいると言われ、確かに先ほど自分が口にした「ドラゴンを退治する」といった言葉も、荒唐無稽にとらえられても仕方がないと思えた。

 しかも、そこまで行くのに10日もかかるのでは、路銀のない今の状態では無理だ。

 どの道、あきらめるしかあるまい。


 とりあえずドラゴンの話は置いといて、まずは当面のことからなんとかしなければならない。

 結局、振出しに戻り、これからどうすればいいのかと思案していたところに、また別の客が声をかけてきた。


「なあ、あんた、冒険者として仕事がしたいなら、俺たちの宝探し兼ゴブリン退治の仕事の手伝いでもする気はないか?」


 そう声かけてきた男は、年は20代後半だろうか……レザーアーマーにマントを羽織った、いかにも冒険者といった感じの青年だった。


「俺は、スヴェン。遺跡や廃墟を探索して、そこに残されてるお宝などをいただいて生計を立てている。ついでに、そこに住んでいる魔物の退治もしたりするがな」


 トレジャーハンターか!

 幻のお宝を求めてダンジョン探索、異世界ものの定番キターーー!!


 男の自己紹介を聞いて、胸が躍った。


「よかったら、あっちにツレがいる。一緒に飲まないか? 金、持ってないみたいだが、奢ってやるよ!」


 そう誘われるがまま、男について行く。

 前世だったらまず怪しいと思い、ついて行くなんてこともしないシチュエーションだが、異世界での冒険が始まる期待感が俺になんの疑問も持たせなかった。

 それに、タダで飯にありつける、そんな卑しい考えもあった。


「まぁ、座ってくれ。」


 スヴェンに促されたテーブルには、金髪碧眼の美少女が一人、すでに座っていた。

 ローブに身を包んだその少女の姿は、清楚な感じでどこか神々しさをもっており、この世界に転生するときに会った女神シスをなんとなく思い出させた。


 ぺこりと軽く会釈して、俺は彼女の向かいの空いている席に腰を下ろす。


「彼女は、今回一緒に仕事をする仲間のアンナだ!」


「アンナと申します。よろしくお願いします」


 スヴェンが彼女を紹介してくれ、彼女も俺に向かって軽く頭を下げる。


「こちらこそ、よろしくお願いします。その姿は……、職業は魔法使いですか?」


 ローブを着ているということは、魔法使いかなにかだろうか?

 そんな疑問から、ついつい自己紹介よりも先に相手の詮索をしてしまった。


 そんな態度を不審に思ったのか、彼女はいぶかしげな表情で答える。


「魔法使い? 昔、教会で習った治癒魔術が使えますので、魔法使いと言えばそうかもしれませんが、職業と言えるかどうか……」


 彼女は詮索されたことよりも、自分の職業が魔法使いと言われたことが気になったようだった。


 しかしこの世界には、魔法使いという職業がないということなのだろうか。

 それとも彼女自身が治癒魔術しか使えないため、魔法使いと名乗るほどではない、と謙遜の意味で言ったのだろうか。

 ちょっと引っかかるが、気にしないことにした。


 それよりも、こんな美少女と一緒に冒険ができるなんて……

 冒険中、お互い協力しあい苦難を乗り越え、やがてふたりは……


 などと、有り得ない妄想をしてしまう。

 有り得ないことは、わかっている……。

 わかっているけど、ついついそんな妄想をしてしまいたくなるのが男である。


「……で、まだ、お前の名前聞いてなかったよな?」


 俺がおかしな妄想にうつつを抜かしているところ、スヴェンが尋ねてきた。

 俺はまだ自分が二人に名前すら言ってなかったことに気付き、慌てて自己紹介をする。


「お、俺の名前は、諸星光輝と言います……!」


「えっ!?」

「えっ!?」


 俺の自己紹介に二人は驚きの声を上げ、きょとんとした顔で俺の顔をじっと見てくる。


 えっ? 俺、またなにか変なこと言っちゃいましたか?


 心の中でそんな自問をしてみるが、自分の名前を名乗っただけで、なんらおかしいことは言っていないはずだ。


「モロボシ・コウキって……、お前、お貴族様だったのか……?」


 そう言われて、はっと気付く。

 スヴェンもアンナも名前しか名乗っていない。

 おそらく、苗字をもっていないのだろう。

 現代の日本人なら当たり前のこととなっているが、日本人だって明治時代になるまで平民は苗字がなかったと聞く。

 確か、中世のヨーロッパも同じような状況だったはず……と思う。

 この世界、もしかするとこの国だけかもしれないが、それと同じなのではないだろうか。

 つまり、苗字は貴族だけが名乗っている、と。


「それにしても、コウキ家なんて聞いたことねえが、どこの貴族様なんだ?」


『コウキ』のほうが名前なんだが、と突っ込みを入れたいところだが、ここはやはりヨーロッパの人たちと同じで苗字……つまり家名が後にくるようだ。

 面倒くさいことになっても困るから、ここは訂正しつつごまかしておこう。


「いえいえ、『コウキ』の方が俺の名前なんですよ。『モロボシ』のほうが家名になるんですが、俺のもといた国では平民でも家名をもっているんですよ。だから貴族なんて、そんな御大層な者でもないんです。ですので、そうですね……、気軽に『コウ』とでも呼んでください」


 俺は、よくゲームの主人公の名前に登録している自分のニックネームを名乗ることとした。


「そうか! まぁ、お前の国のことは追々教えてもらうとして、とりあえず明日からよろしくな!!」


 どうやら、スヴェンはかなりサバサバした性格のようだ。

 根掘り葉掘り聞かれた挙句、やっぱりそんな怪しい奴と仕事はできない、とでも言われたらどうしようかと思ったが、どうやらそんな心配は杞憂だったようだ。

 それどころか彼は、ベッドはひとつしかないから床に雑魚寝になってもいいのならと、自分の部屋に俺を泊めてくれさえもした。


 スヴェンによくよく話を聞いてみると、荷物持ちをしてくれる者を探していたところ、たまたま俺がこの宿にやって来たから声をかけてみたとのことだったらしい。

 しかしそのおかげで、転生して初日、いきなりどうなるかと思ったが、よい仲間が見つかり、仕事もなんとかなりそうということになった。


 明日から異世界での冒険が始まる!


 これからの異世界での冒険者生活について、俺の頭の中は期待でいっぱいだった。


 この時までは……

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