第4話 違和感の異世界

 さっと冷たい風が頬を撫でる。

 その冷たさに、生きていることを実感する。

 女神シスによって転生させられた俺は、新しい世界に降り立った。


 山のかなり高い位置にいるようで、眼下の山裾には草原や森が広がっているのが見える。

 森の木々は、少し寒い地方でよく見かける杉のような針葉樹だ。

 目に映る風景は、以前テレビで見たことのある海外の高原地帯のものに似ていた。


「……ここ、本当に異世界か?」


 どこかで見たことあるような景色に、イマイチ異世界に来たという実感がわかず、そんな言葉がぽつりと漏れる。


 遠くには海のようなものが見える。

 山の上とはいえ、少なくとも内陸部ではないようだった。


 山の上にいるせいか、結構肌寒い。

 それとも季節的に、冬が近いのだろうか。

 そう感じ、ふと自分の服装を見て我に返る。

 先ほどまで女神シスといた空間では、寒さなどは感じなかったため気にもしていなかったが、いま俺が着ている服は、前世の自分の部屋でゲームをしていた時のままだった。

 上下のスウェットを着ているだけでは、さすがにこの山の中では寒い。

 しかも靴も履いておらず、このままだと裸足で山中をさまようことになってしまう。


 なんの装備もないまま、こんな山中に飛ばされてどうすればいいのか、と思案していたが、ふとある考えが思い浮かぶ。


「そうだ、ここは異世界。あれがあるはず!」


 そう考え、俺は空に向かって大声で叫んだ。


「アイテムボックス! オープン!!」


 ……オープン

 ……ープン

 ……プン

 ……ン

 ……


 辺りに俺の声がこだまする。しかし、なにも起こらなかった……。


「お、おかしい……。ど、どういうことだ!?」


 俺は大いに焦った。


「アイテムボックスじゃない? それじゃ、ステータス画面を呼び出してからアイテムボックスを開くとか?」


 ほかにもなにかアイテムを呼び出す方法はないのだろうか、と思案を巡らしていたその時だった。


「おい、お前! こんな所でなにをしている!!」


 不意に、後ろから声をかけられる。

 その突然の出来事に、心臓が飛び出る思いだった。


 振り向くと、そこには大きな門と3~4mほどの高さの防壁に囲まれた街があった。

 そして目の前には、その街の門番と思われる衛兵が立っている。


 街の入口でなにやら叫んでいる男がいれば、そりゃあ声もかけられるよな……。


 前世の日本でも、警官に職務質問されるレベルだろう。

 そう考えたとおり、衛兵らしき男はいぶかしげな目で俺を見ながら質問をしてくる。


「お前は何者だ? 放浪者か? 旅の者にしてはなんだ、その恰好は?」


 当前の疑問だ。

 前世の日本でなら、「近所のコンビニに行こうとしていたところです」と言い訳もできただろう。

 しかしここは異世界、コンビニエンスストアなんて存在しない……はず。

 しかも、今いる場所は街の外だ。

 ましてや、街の外でこんな格好である。

 怪しいこと、この上ない。

 どう取り繕おうかと考えていると、さらに衛兵の質問がつづく。


「旅の途中、追い剥ぎにでもあったのか?」


 追い剥ぎ……?

 つまり盗賊が出るのか?


 さすが異世界、改めてそのような危険が付きまとっている世界なのだ、と戦慄する。

 しかし、そのために不死身の体をもらってこの世界に転生してきたのだ。

 もし、いつか盗賊や魔物に襲われることがあったとしても、きっと大丈夫だろう。

 俺は気楽に考えていた。

 そしてそれと同時に、衛兵の質問に対する言い訳も思いついたのだった。


「そうなんですよ……。この街を目指して旅をしていたんですが、途中、盗賊に出くわしてしまいまして、着ている物以外全部奪われてしまったんですよ……」


「そうか……。それは気の毒にな……」


 とっさに考えた割には、うまくごまかせたようだ。

 ついでに、この街やこの世界の情報についても聞き出せないだろうか。


「それでいま、無一文なんですよね……。できればお金を稼ぐために、冒険者ギルドで仕事の紹介をしてもらいたいのですが……、どこにありますかね?」


 異世界で金を稼ぐ定番の方法、それは冒険者になっていろいろなクエストをこなしていくことだろう。

 当然この街にも存在しているだろうとばかりに衛兵に尋ねたが、


「はあ? 冒険者ギルド? そんなもん、あるわけないだろ!」


 予想外の答えが返ってくる。


「街から街へ放浪して、自分たちで好き勝手に生きている冒険者たちが、ギルドなんて組織をつくるわけないだろ? ギルドなんて、商人や職人たちがつくるモノだろうが?」


 衛兵は、おかしなこと言うやつだ、といった表情で俺を見ている。


 確かに冒険者というからにはいろいろな場所を旅して、定住しない者も多いだろう。

 だが、だからこそ、その先々で仕事を見付けたり、仲間を見付けたりするための手助けが必要なのではないだろうか?

 その辺りは冒険者同士、お互いに協力をするための組織を作ろう、とか考えたりしないのだろうか?


 逆になぜ、冒険者ギルドがないのか疑問が湧いてくる。

 この衛兵が言った言葉から考えるに、好き勝手に生きるために冒険者をやっている者は多そうだ。


 何者にも縛られたくなくて組織をつくったり組織に属したりすることが嫌、と言う冒険者ばかりなのだろうか、この世界は……。


 それじゃ、冒険者はどうやって冒険をつづけるのだろうか?

 どこで、クエストを受けたりしているのだろうか?


「あの、それじゃ……ほかの冒険者さんたちは、どこで仕事を見付けたり、仲間を見付けたりしているんでしょうか……?」


 衛兵に恐る恐る尋ねてみた。

 すると、衛兵はさも当たり前のことだと言わんばかりに答える。


「街の酒場にでも行けば、何人か冒険者どもがたむろしているはずだ。その中から好きに声をかければいいだろう。仕事も、酒場の女将が領主からの依頼書などを受け取っているかもしれん。好きな仕事を紹介してもらえ」


「わかりました。ありがとうございます!」


 酒場で仕事や仲間を見つける。

 どうやら、この辺りはこの世界でも共通認識のようだった。


 さっそく、街の中に入ろうと足を向けると、


「おい、待て!」


 再び、衛兵に呼び止められる。


 まさか、怪しいから街の中に入れてもらえないとかそういうことだろうかと、内心びくびくしていると、衛兵はこちらに手のひらを見せてきた。


 いや、手のひらを見せてきたのではなかった。

 その仕草はまるで、ここを通りたかったらなにかよこせ、といった感じのものであった。


「通行料と情報料だ!」


 案の定、金をたかってきた。


 これは異世界転生ものによくある話で、最初の街で不正を働く小役人をコテンパンにやっつけて改心させ、そして自分はその不正を働いていた小役人に苦しめられていた街の人たちに歓迎される、といったパターンだな。


 ……などと考えた。


 だが、


 そもそもどうやって倒すんだ……?

 いまの自分は丸腰だ。

 では、拳ひとつで戦うのか?

 いや、格闘技なんて習ったことすらないのだけど……。


 それに対して相手は衛兵。

 腰には一本の剣を帯び、スケイルメイルに身を包んでいた。

 重装備ではないが、一応最低限の武装はしている。

 殴りかかったところで、俺の拳のほうが砕けてしまうだろう。

 そして逆に、持っている剣で一刀両断されるのがオチだ。


 不死身の体をもらったが、そもそも勝てる見込みがまったくない。

 それに、いくら不死身の体とはいえ剣で斬られたら、さすがに痛いのではなかろうか……?


 そんな不安に腰が引けてしまう。


 まあ、街の入口で騒ぎを起こすのも考えものだしな……。


 釈然としないが、ここはおとなしく要求に応えることにしようとした。

 しかし、そもそもなにも持っていないことを思い出す。


「えっと……さっきも言いましたが、いま無一文なんです……」


 正直に答えた。


「ちっ、そう言えばそうだったな……。まあいい、通れ!」


 衛兵に舌打ちされはしたものの、何事もなく街への門をくぐることはできた。

 

 こうして、期待していたものとはなにかが違う俺の異世界生活が幕を開けたのであった。

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