第3話 理想郷への転生
ここは……?
気がつくと俺は、暗闇の中に一人ぽつんと立っていた。
暗闇の中ではあるが周りはどこか密室の中という閉塞感はなく、むしろ頭上には空が広がっているような開放的な感じさえあった。
しかし、月も星も出ていないようで、周りは真の暗闇といった状態だった。
唯一、足元のヒヤリとした冷たい床がかすかに光を放っている。
どういう原理で光っているのかわからないが、明かりはそれぐらいだった。
遠くに波の音が聞こえる。
周りは海なのだろうか。
なんとも薄気味悪い場所だ。
これが、死後の世界というやつだろうか……?
俺は先ほど急に胸が苦しくなり意識を失ったことから、自分は死んでしまったのではないか、と考えた。
ふと、これまでのことを思い返す。
思えば何の変哲もない人生だった。
平凡な人生をただ惰性で生きている、といった感じだった。
そのためか、自分が死んだことへの未練とか寂しさが、あまり実感できなかった。
「しかし、本当にあるんだな、死後の世界……。ここは天国だろうか? それとも地獄? いや、まだ三途の川の手前とか……?」
そんな独り言を言いながら、あてもなく辺りを歩いてみる。
しばらく歩いたところで、俺は数十メートル先にぼんやりと光る人影のようなものを発見した。
俺のほかに死んでこの世界にきた人だろうか?
それとも、死者を迎える使いの者だろうか?
そんなことを考えている間に、その人影はゆっくりとこちらに近づいてくる。
俺は警戒しながらもその人影が近づいてくるのを待った。
ぼんやりとした明かりの中でも、はっきりとその姿が見て取れる位置まで近づいたところで、その人影は足を止めた。
女性だった。
しかも、金髪碧眼の美人。
そして、よく神話なんかに出てくる神様が纏っている白い衣を身に着けていた。
その神々しい姿を見て俺は、
「ひょっとして……女神様?」
と思わず聞いてしまった。
それに対して、その女性はクスクスと笑いながら、
「そうですね。あなたたちからすると、私は神様という立場でしょうね」
と答える。
何となくあいまいな返答だったが、とにかく神様のような存在ということで間違いはないようだった。
「初めまして、私はシスと申します。この世界を司る者です」
女性が自己紹介をする。
いま、『この世界』と言ったが、やはりここは以前の俺がいた世界とは違う場所なのだろうか?
そんなことを考えている俺の様子に気づいたのか、その女性……女神シスは答える。
「そうです。今、あなたはここがどこなのかと考えているでしょうが、ここはあなたが以前に生活していた世界とは別の世界になります。あなたも、うすうす気づいているでしょうが、あなたは死にました。そしてその魂が、この世界に呼び寄せられたのです!」
俺は死んだ……それは、なんとなくわかっていた。
しかし、今後、俺はどうなるのか?
そもそも、この世界がどんな世界なのか、なぜこの世界に来たのかもわからない。
「それで、これから俺はどうなるんです? 天国に行けるんですか? それとも、地獄に落とされるとか……?」
俺は、恐る恐る尋ねる。
そんな俺の不安げな質問に対して、彼女はまたクスクスと笑いながら、
「天国へも地獄へも行く必要はありません。むしろ、前世であまり満足の行く人生を送ってこられなかった人たちは、転生してこの世界で新たな人生を送ることができます」
と答え、さらに力強く言葉をつづける。
「ようこそ! この私の司る世界……黄金の理想郷世界『エルドラード』へ!!」
理想郷……そんな彼女の力強い言葉に、今までに受けたことのない興奮を胸にする。
そんな世界に転生して、また新たな人生が送れるのか、と。
だが、彼女はそんな俺の期待に満ちた顔を見て少々申し訳なさそうに、
「ただ、先ほど勢いで、この世界を理想郷などと言ってしまいましたが、あなた方からすると、この世界の文明は少々遅れていまして……、治安も国にもよりますが、あまりよくなかったりします……。そうですね……、イメージとしてはあなたの前世でいうところの1,000年くらい前の中世ヨーロッパ世界、といったところでしょうか。さらには、それに加えて魔物が住んでいたりする世界なんですよね……」
などと、およそ理想郷とかけ離れた世界観を説明してくれた。
「魔物が……いるんですか?」
「はい、いるんですよ、ドラゴンとかヴァンパイアとかが……」
剣と魔法のファンタジー世界……
そんなゲームや漫画、アニメのような世界を想像し、生前それらに熱中していた俺は、思わず期待してしまう。
しかし、ふと冷静に考えてみる。
ファンタジー世界といえども、国と国、人と人とが争い合っていたり、魔物が跋扈し人々を襲っていたりするような暗黒の世界だったりしたら……。
そんな世界で俺は生きていけるのだろうか?
期待は、あっという間に不安に変わった。
「そんな世界に行くとは言っても、すべての場所が危ないわけではありませんので、ご安心ください。しかも、転生者には前世の知識や記憶を持ったまま転生してもらいますので、もともとこの世界で生まれた人たちよりも、かなり有利に生きていけると思うのですよね」
俺の不安を察してか、彼女はフォローを入れるかのように説明をする。
そしてさらに、転生におけるある意味お約束とも言える次のようなことも付け加えた。
「……それに、転生者には私からの贈り物として、なんでもひとつ願い事を叶えて差し上げたうえで、この世界に転生してもらっているんですよ」
やはりあるのか、転生特典!
最近の漫画やアニメに影響を受けていた俺の頭は、即座にそのことを理解した。
ただ、ちょっと気になったのが、能力とかを与えてもらうのではなく、願い事を叶えてもらうという点だった。
まあ、なんでも願いが叶うと言うのなら、「魔王を倒せるほどの力が欲しい」とか「不死身の肉体が欲しい」とかいうのもありだろう。
「なんでも叶えてくれるのですか?」
念のため聞いてみる。
「ええ、なんでもいいですよ。ただし、ひとつだけですけどね」
ここは慎重に考えるべきだろう。
ほかにも以前に転生した人とかいるようだが、その人たちは何を叶えてもらったのだろうか?
聞いたら、教えてもらえるだろうか?
まさかお役所じゃあるまいし、個人情報ですので答えられませんとかないよな……?
「ちなみに、ほかの人とかはどんな願いを叶えてもらったりしているんですか?」
「そうですね……、やはり多少危険な世界ですので、何か強力な力を欲しがる人が多いですね。今までですと、聖剣が欲しいとか、なんでもつくり出すことができる能力が欲しいとか、先を見通す能力が欲しいとかありましたね。ですが、願い事ですので、女の子なんかですと、『お姫様になりたい』とか、『永遠に若い姿でいたい』とか、そんなかわいらしい願い事をして転生していった人とかもいましたよ」
あっさりと教えてもらえた。
なんとなく予想のついたものもあった。
そんな中で、やはり真っ先に思いつくのは、強力な武器だろうか。
それらを生み出す力というのもありだろう。
しかしこれらは、既に叶えてもらった人が転生している、というわけだが……。
ここでまた、俺の頭に不安がよぎる。
もし先に転生していた人たちが、転生能力を使ってこの世界で成功していたとして、同じ能力を持った者が転生してきたらどう思うだろうか?
同じ仲間として、快く迎え入れてくれるだろうか?
もちろんそれも考えられるし、そんな優しい世界であって欲しいものだ。
しかし、中世ヨーロッパの世界観の中で生きている奴らが、そんなこと考えるだろうか?
現代日本でも既得権益を守るために足の引っ張り合いをする人間はいるわけだが、異世界で能力を使って、その世界の英雄となっている自分の地位を脅かさないかと疑われ、始末されそうになるということはないだろうか……?
それと、もうひとつ懸念材料がある。
そもそも、そんな武器を手に入れたところで、それって俺に扱えるのだろうか?
強力な武器を使える肉体もとなると、二つの願い事になってしまうのではないだろうか?
そうなると武器よりも肉体だよな。
それに、武器を扱えても死んでしまってはもとも子もない。
ここは、なにがあっても死なない不死身の体、というのがよいのではないだろうか?
そうして生き延びることさえできれば、いつかは凄いスキルや武器を手に入れることができるかもしれない。
考えをまとめる。
そして、女神シスにその願い事を伝えようとする。
「なにがあっても死なない体というのは、ありですか?」
「なるほど! せっかく転生しても、すぐに死んでしまっては意味がないですもんね。何度でも復活できる不死身の体ですね? わかりました!!」
なんかニュアンスが多少違っているような気もするが、不死身の体をもらえるらしい。
不死身の体で魔物たちをバッタバッタと打ち倒し、やがて英雄に。
俺の期待は大きく膨らんだ。
「あと、それとですね……」
彼女は、なにかほかにも言いたいことがあるようで言葉をつづける。
「普通は、転生すると赤ちゃんから再び人生を始めることになるんですが、ご希望の方は、その人の望む年齢からこの世界の人生を始めてもらうということも可能としていますが、どうします?」
そんなこともできるのかと正直驚いた。
ちょっとサービスがよすぎるのではないか、とも思える。
しかし考えてみれば、赤ん坊から再び人生を始めるというのは、ある意味いろいろなリスクも付きまとうかもしれない。
それならばいっそのこと、精神的にも肉体的にも熟したころから始めれば、多少は楽にこの世界になじめるのではないだろうか?
精神的には30を過ぎた今でも成熟していないかもしれないが、記憶や知識を引き継げるなら気にするのは肉体的な年齢だろう。
さすがに今の体力では、この世界の厳しいと思われる環境についていけないかもしれない。
しかも、最近は運動不足で腹の周りの贅肉がちょっと気になる……。
そんな理由からも、若いころの体のほうが見栄えも少しはマシになってよいだろう、と考えるが、逆にあまり若すぎても赤子の状態と変わらなくなってしまうだろう。
人にもよるだろうが、肉体的に一番ピークの頃というのは、18歳前後の頃だろうか?
そう考え、俺は彼女に希望の年齢で転生することを申し出る。
彼女はその申し出を快く聞き入れてくれたのち、俺の体に向かって手をかざす。
すると、俺の体が淡い光に包まれる。
これで俺は若返り不死身の体を授かった、ということなのだろうか。
鏡があるわけではないので、自分の今の姿を見ることはできないが、なんとなく腹の周りがすっきりしているように思える。
「それでは今から転生後の世界にお送りしますね! よき第二の人生を!!」
そう言って、女神シスは俺を転生後の世界『エルドラード』へ転移させる。
にやりとした不気味な笑みを浮かべながら……。
しかし、その一瞬の表情に、その時の俺は気づくことはなかったのだった……。
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