第2話 転生はしてみたいが……

 202X年 東京某所


「ふうっ……」


 俺は一息つきながら、テレビモニターの前に座る。

 そして、おもむろにゲーム機の電源をオンにする。

 仕事から帰り、飯も風呂も済ませた。

 明日は会社も休みだ。

 今から楽しみにしていた新作ゲームを、夜通しでたっぷりと楽しむつもりだ。

 30才を過ぎてしばらく経つが、彼女いない歴=年齢の俺には休日に一緒に出かける相手もいない。

 男友達は最近までいたが、そいつが結婚してからはなんとなく疎遠になってしまった。

 それゆえに唯一の趣味というか楽しみは、休日にだらだらとゲームをして過ごすことだけになってしまっていた。


「はぁ……、いくら趣味とはいえ、休日ずっとゲームというのもな……。 とは言っても、ぱっと遊びに行けるほどの金もないし……」


 会社は特にブラック企業ということもなく、普通に休みは取れる。

 平日もたまに残業はあるものの、終電で帰ってくるようなことは滅多にない。

 かと言って、ホワイトな一流企業というわけでもなく、むしろぱっとしない平凡な会社に勤めている。

 そのため、大した給料ももらっていなかった。

 平凡な大学を出て、平凡な会社に勤めて、日々平凡な生活をしている。

 それが、今の俺の現状だった。


「諸星光輝……って、このゲームはフルネームで、しかも漢字で主人公の名前が入力できるのか……? だけど、ファンタジー世界が舞台のこのゲームの雰囲気には、合いそうにないな……」


 そう独り言を言いながら一度入力した名前を消して、俺はゲームの主人公の名前を『コウ』と入力し直す。


 ゲームが始まるとそこは小さな村で、主人公は幼馴染の女の子と村の外へ出かけようとしているところだった。


「これは、この幼馴染と一緒にパーティーを組んで冒険して、最後には幼馴染と結婚してエンディングってパターンか? それとも、途中で違う女の子が出てくるとか……?」


 俺は心の中でそんなことをつぶやきながら、ゲームの中のヒロインと思われる幼馴染の女の子を見て、ふと昔のことを思い出していた。


「そう言えば、俺にもいたよな…… 幼馴染の女の子……」


 彼女の名前は、朝日奈ヒナタ。

 同い年で家も近所だった。

 お互い「コウちゃん」、「ヒナちゃん」と呼びあい仲もよかった。

 彼女は体が弱くあまり外で遊べないということで、よく俺の家で一緒にゲームをして遊んでいたものだった。


 体が弱いせいか内気な性格で、おとなしい子でもあった。

 そのため小学生の頃とか、よくクラスの男子にいじめられることもあった。


「何度か正義のナイト気取りで助けようとしたけど、逆にそいつらにボコボコにやられたもんだよな……。ゲームみたいにはいかないよな、はははっ……」


 ゲームの主人公のようにかっこよく助けることができていたら、やがて大きくなった二人の間に恋が芽生え……みたいなこともあったかもしれないと、我ながら恥ずかしい妄想をしてしまう。

 しかし、そもそもそれは実現すら不可能な妄想だった。


 なぜなら彼女は、小学校を卒業する前に病気で亡くなってしまっていたからだった。


 若くして亡くなった幼馴染のことを思い出していたら、もう一人、若くして亡くなった中学生時代の同級生の女の子のことが頭に浮かんできた。


「そう言えば、中三の夏だったっけ……? 電車に轢かれて死んでしまった子がいたよな……確か名前は、倖月……しずく……だったっけ? 」


 確か、父親がとんでもなくひどい奴で、ロクに働きもせず毎日飲んだくれていて、家はかなり貧しかったらしい。

 しかも家では、その父親に家庭内暴力で悩まされている、という噂まであった。

 貧しい生活のため新しい制服が買えないのか制服はボロボロで、手入れもできないのか髪はボサボサ。

 そのため学校では悪目立ちしてしまい、休み時間などにクラスの女子に囲まれて嫌がらせなどを受けていた。


 当時の俺は、関わらないようにしようと他人事のように日々振舞っていた。

 だがある日、何の気まぐれかそのクラスの女子たちに口出しをしてしまった。

 その時、何を言ったのかは、今ではもう覚えていない。

 しかし、なぜかその日から彼女に対しての嫌がらせはぴたりと止まった。


 それにしても、いま思うとなぜあの時、そんな行動に出たのか自分でも不思議に思う。

 俺は今でもそうだが、なるべく目立ちたくない、面倒なことには関わり合いたくない、といった性格だったはずだ。

 いつからか、そんな考え方で生きるようになっていた。

 あの頃も、そうだったはず……。

 まあ、結果オーライかもしれないが、とにかく嫌がらせもなくなってよかった、と当時は思っていた。


 だがその数日後、もうすぐ夏休みに入るという頃だった。

 彼女が幼い弟とともに電車に轢かれて亡くなった、というニュースが飛び込んできた。

 クラスメイト達のうわさでは、いじめや家庭環境を苦にした自殺ではないかとささやかれていた。

 だが、世間的には不幸な事故だったということで処理された。


 いま思い出しても、気分のよくない思い出だった。

 なんでいまさら、こんなことを思い出したのだろう、と考えてしまう。


 幼馴染の「ヒナちゃん」、中学の同級生の「倖月しずく」、二人に共通するのは若くして亡くなったということだが、二人とも無事大人になっていたら今頃どうなっていただろうか。


 ヒナちゃんは、体が弱かったため外で遊ぶことができなかったこともあってか、かなり色白な子だった。

 だが、その透き通るような白い肌のせいか、小学生とは思えないほど艶っぽい女の子だった。

 そして彼女の母親だが、当時子供だった俺から見てもかなりの美人と思える人で、彼女は幼いながらもその面影を引き継いでいるのがよくわかる目鼻立ちをしていた。


 倖月しずくは、ボサボサの髪に顔が隠れていてしっかりと顔を見たことはなかったが、クラスの女子たちから助けたあの日、一瞬こちらを見上げた彼女の顔がちらりと髪の間から覗いたのを覚えている。

 結構かわいい顔をしていて、ドキッとさせられた記憶がなんとなく残っている。


 二人とも無事大人になっていたら、かなりの美人に成長していたことだろう。

 そして今頃、その美貌でいい男でも捕まえて、幸せな生活でもしていたんじゃないだろうか。

 そんないかにも俗っぽい想像が頭の中をちらつく。

 しかし現実は、そうならなかったわけだ。

 美人薄命ともいうが世の中うまくいかないものだ、と思わされる。


「二人のどちらかが俺の嫁さんだったら……もっと充実した人生送れていたかもな……」


 美人な嫁さんをもらって、毎日張り切って働く……。

 さらにそんな妄想をしてみた。

 だが、そもそも俺にそんな甲斐性があっただろうか。

 今までの人生、怠けていたわけではないがさしたる努力もせずに過ごしてきたため、これといってパッとした特技も持っていない。

 ブサイクではないと自分では思っているけど、逆にイケメンと言える自信も流石にない。

 平凡な会社のサラリーマンのため、金もそんなに持っていない。

 仮に二人が生きていたとしても、そんなうまい話にはならなかっただろう。

 我ながらおかしな妄想をして、ますます悲しくなってきた。


「いっそゲームの世界のような異世界に転生して、人生やり直せないかな……」


 そんな独り言が、ぽつりと口から洩れた。


 ゲームの主人公のようにドラゴンや魔王を退治して、人々からちやほやされる。

 そんな人生を想像してみる。


 しかし、すぐに冷めた現実的な考えが頭に浮かぶ。

 生まれ変わったとしても、そもそも俺の性格でやっていけるのだろうか。

 努力の苦手な俺が魔法の習得とか、剣の修業に耐えられるのだろうか。

 まあ、そこは漫画やアニメによくあるような、本を読んだだけで魔法が習得できるとか、神様から聖剣を授かるとかあればなんとかなるのではないだろうか。

 でも、仮にそんな武器を持っていたとしても他の奴らも同じような武器とか持っていたら、そいつらに簡単にやられてしまうんじゃないだろうか。


 ネガティブな発想しか出てこなかった……。


 もう、いまの生活をつづけていければそれでいいんじゃないか、と思いながら、ゲームのつづきに集中しようとした。


 その時、


「やっと…… 見つけた……」


 若い女性の声が聞こえた。

 一瞬、いまプレイしているゲームの中のキャラのセリフだろうか、と思ったが、画面の字幕にそんなセリフはない。


「えっ……!? なに、心霊現象……!?」


 俺は背筋にヒヤリと冷たいものを感じたが、次の瞬間、そんな恐怖も吹き飛ぶような状況に見舞われる。


 胸がぎゅっと締め付けられるように苦しくなる。

 うまく息ができない。

 体中から冷汗が噴き出る。


「心臓麻痺……!? そんな、バカな……!」


 普段だらだらと運動もしない生活を送っていたが、その分食べるものに気を使っていたつもりだった。

 健康診断も毎年ちゃんと受けていて、なんの問題もなかったはずだった。

 しかし頭から血の気が引いていき、意識がもうろうとし始める。


「これは、ヤバい……」


 そう思い、俺は机の上に置いてあったスマホを取ろうと手を伸ばす。

 しかし、震える手はそれをつかみ損ね、スマホはむなしく床に落ちてしまう。

 そして、それと同時に俺の意識は深い闇の中へと沈んでいった……。

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