5話

「――お義母様が見つかったというのは本当なの?」

「それが……」


 言いにくそうに視線を逸らす執事に、スフィアは嫌な予感しかしない。貴族の子息達が祠の修繕をしていると聞いたときも、「怪異やばい」と思ったが、おそらく義母はそれどころでは済まなかったのだ。


「今朝方、庭師がホコラの前に奥様が失踪した当時のドレスと、髪が一房……置かれているのを発見いたしまして。今は旦那様の立ち会いの下、教会で検分が行われております」


 ドレスは血まみれでズタズタに引き裂かれていたにも関わらず、髪以外の義母のものとおぼしき骨も肉片すらも見つからなかった。獣の仕業とされたが、明らかに違うのは誰の目にも明らかだった。

 しかし深く追求する者はおらず、数日後にはドレスと髪だけが棺に収められ町外れの共同墓地に埋葬された。


 ヨハム王太子とマリアが国を継ぐ事はなかった。正しくはマリアが望んだ通り、彼女は聖女となりヨハムは彼女を支えるため、今も仲睦まじく手を取りあい意識のないまま王家の玄室に作られた豪華なベッドに横たわっている。


 聖女の役割は、国を守ること。能力に応じて様々だが、マリアの授かった力は国の気候を安定させ土地を豊かにするというかなり強力なものだったらしい。そんな強大な力は、使えばあっという間に消耗してしまうので、マリアは冬眠に近い状態となっている。そしてヨハムも、繋いだ手から生命力を彼女にそぞきゆっくりと衰弱していると大司教から聞いた。亡くなるまでに百年はかかると、司教の位を持つ医師の見立てだ。二人は時折目覚めるので意識はあるようだが、とても言葉を交わせる状態ではないとも聞いた。


 いや本当は話せるのかもしれないが、スフィアには関係の無い事だ。


 当然ながらそんなヨハムに王位を継がせることは現実的に無理なので、第二王子が急ピッチで帝王学を学んでいると聞かされた。噂では文武に秀でた王子らしいので、ひとまず王家は安泰だろう。


 そして私はといえば、異例のことだが十七歳の若さで公爵家の当主となることが正式に決まった。


 王太子とマリアの騒ぎは「二人は病で錯乱し、暴言を振りまいた。スフィア公爵令嬢は彼らの被害者である」と、有り難い事に王自らがスフィアの悪評を否定してくれたのである。一時期スフィアと距離を置いていた友人達も、王の説明に納得し心から謝罪してくれた。スフィアもあの当時はしかたないと理解していたので、彼らの謝罪を受け入れ今では貴族社会に戻ることができた。


 ただ事件に関して公爵家に罪はないと判断されたけれど、元はといえば父が義母を後妻に迎え入れたことが事の発端とも言える。義母とマリアがああなったことに少なからず心を痛めた父は伏せりがちになり、王に爵位を娘の自分に継がせ自身は空気の良い土地で老後を過ごしたいと願い出た。まあ正直なところ、あの気味悪いホコラから少しでも離れたいのだろう。


 離れたところで、石つぶての安眠妨害が止まるとは思えないが……。


(年に二回の玉串奉納には来るよう約束させたから、ホコラもこれ以上お怒りにはならないと思いたいわ)


 悪い人ではないから、これ以上苦しんでほしくない。スフィアは引き継ぎ途中の書類整理をしながらため息をつく。自分に出来る事は、この程度だ。


来月、正式に家督を継ぐ時。自分はあの祠の中に何を見るのだろう。

いや答えはもう想像できる。

きっと……何もない。


「スフィア姉様、僕が植えた薔薇が花を咲かせたんですよ。お庭に来てください!」


 にこにこと笑う天使みたいな愛らしい少年が、満面の笑顔で部屋に飛び込んでくる。


「こら、部屋に入るときはノックをしなさいと教えたでしょう?」

「ごめんなさい、姉様」


 しゅんとして項垂れる少年に、スフィアは困ったように微笑む。


「次からは気をつけてね、オルロフ。この書類を確認したらすぐ行くから少し待ってて」

「はい!」


 元気よく返事をする少年は確か今年で十二歳になると聞いたが、まだまだ幼さの残る面立ちをしている。艶やかな黒髪は肩口で切りそろえられ、まるで前世の祖母宅に飾られていた市松人形のようだ。

 オルロフと呼ばれた少年は大人しくソファに座り、嬉しそうにスフィアを見つめている。


 祠破壊事件から暫くして、二十年近く音信不通だった父の従弟が突如船で帰還したのだ。冒険がしたいと書き置きをして商船に乗り込み、それきり姿を眩ませていたのでスフィアが会うのは初めてだった。

 従弟の妻は美しい金髪だったが、息子のオルロフは公爵家の血筋を証明するような見事な黒髪で、これもまた公爵家の親族を喜ばせた。ただ一つ問題だったのは、この国では珍しい不吉とされるオッドアイの持ち主だったという点だが、オルロフの愛らしさと聡明さに魅了され陰口を叩くものはすぐにいなくなった。

 みなが死んだと思われていた従弟と、その家族の帰郷を心から喜んだ。許しもなく結婚し妻と息子を連れてきたことに驚き呆れたとはいえ暗い話が続いていた事もあり、国王自ら無事を祝う夜会を開いたほどだ。


 しかし従弟は夜会の翌朝、妻だけを連れてすぐに船で旅立ってしまう。ただ連れ帰った息子は、公爵家を継いだ親族の元で学校へ通わせてほしいと執事に伝言を残していった。


 そして一人残されたオルロフは、スフィアが後見人となり日々勉学に励んでいる。


(都合、よすぎるわよねえ)


 二十年前に突如姿を眩ませた従弟と名乗る男を、父も親族も全く疑いもせず受け入れた。執事だけは怪訝そうな顔をしていたけれど、主人の喜ぶ姿に水を差すような真似をする人ではないから、すぐに従弟を「公爵家の一員」として敬った。

 スフィアも思うところはあるけれど、あえて家系図や一族の肖像画を確認することはしていない。

 この屋敷に引き取られてまだ一月も経っていないけれど、オルロフはスフィアを「姉様」と慕い常に傍に居る。父も使用人達も、あの惨劇を忘れたいのかこの愛らしいオルロフとスフィアの関係を微笑ましく見守ってくれている。


「僕、ずっとスフィア様をお支えしますから。安心してくださいね」


 唐突に言う彼を見れば、キラキラと輝く宝石のような瞳と視線が合わさる。

 その瞳は片方はスフィアと同じ黒曜石の黒、そしてもう片方は紫水晶の紫。


(偶然よね……偶然)


 そう自分に言い聞かせ、スフィアはオルロフに頷いてみせる。


「ええ、これからもよろしくね」

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悪役令嬢に転生したら実家に祠があった件 ととせ @bm43k2

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