第12話 晴れた日

 真祖の死後、俺は吸血鬼と真祖の正体を公表した。

 そのときにはチャームに操られていた吸血鬼たちも正気を取り戻していたから、俺は自分が真祖の遺した魔術を引き継いで維持していることを盾にして、人間の解放に向けて他の領主たちと交渉を始めた。

 真祖が死んだということは、遠からず吸血鬼の呪いも解け、人間に戻るということだ。空を覆う皮膜も必要なくなり、本物の日光の下をみんなが歩けるようになる。そんな種族の別がなくなった世界では、旧世界の捕食者と被食者という立場の違いを引きずった差別や搾取が起こらないよう、今から吸血鬼たちの意識改革も重要だ。


 数人ではあるが、すでに人間に戻る吸血鬼が出てきている。

 俺は彼らに飼われていた人間たちを領地に引き取りつつ、人間に戻った吸血鬼も希望があれば保護することにした。

 これまた日光を遮る偽物の空を維持していることを盾にして、真祖領だった都と都周辺の肥沃で広大な土地の領主に俺が収まることができたので、領民を増やしても土地が足りなくなる心配はない。

 相変わらず領地に吸血鬼は俺ひとりだから、うちの領内に降り注ぐ日光は本物だ。それだけで対吸血鬼の守りになっているし、魔術での防壁も張り巡らしてある。

 よそには混乱に陥っている領地もある中、うちの領地の治安は至って良好だ。

 だが俺がどんなに仲立ちしようとしても、そのうち人間に反乱を起こされる領主も出て来るだろうし、「これからは同じ人間になるので仲良くやっていきましょうね」なんて言ったって長年虐げられ続けてきたシュマルドの末裔たちの恨みが消えるはずもないし、真祖領を継承したときにいったん領地から追い出した吸血鬼たちは俺を憎み、同じように現状に不満のある吸血鬼たちと反対勢力を組織しようとしている。

 かつて真祖が吸血鬼にかけた「真祖の許しがない限り吸血鬼は吸血鬼を攻撃できない」という制限は、チャーム同様すでに無効化されている。みんな遠慮なく俺の命を狙えるというわけだ。

(結局同族に狙われるのは変わらねーんだよなぁ。どこまでいっても異端者は異端者か)

 一度は死の運命を回避できたかもしれないが、吸血鬼だから人間に恨まれて、吸血鬼の利権を潰す吸血鬼だから同胞にも恨まれて、生き延びたとはいえたいがい綱渡りだよな。

 まあでも、取り急ぎ争いの火種を減らすには、吸血鬼を任意のタイミングで人間に戻す術式を開発するのが一番だろう。

 いったい誰から、いつ人間に戻るのか分からないまま吸血鬼と人間が入り交じる現状では、同じ交渉のテーブルについて対等に話し合うのは難しい。

 全員を一度に人間に戻すことができれば俺の苦労も減る。俺も人間になれて血しか栄養にできない不便な生活からも解放されるし。

 というわけで、俺は今も魔術の研究に忙しい、のだけど。


「領主様ー! 次の献血の日はいつなんですー!? ユーゴの血だけじゃ足りないでしょー!? 前回から間が開きすぎですよー!」

「あっ、領主様! シュマルドのレシピからまた料理を復元したので、ぜひ食べにいらしてください!」

「領主様、新しい傘と外套を作らせていただいたので、領主館へお届けにあがりますねー!」

「あーはいはいありがとなー!」

(……領民の懐が深すぎる……!!)

 いくら何でもこれは予想外だった。

 ちょっと外を歩いただけでめちゃくちゃ声をかけられるし世話を焼かれるのだ。

 俺も日光への耐性は順調に高めてきているとはいえ、昼日中の外を歩くには傘が欠かせない。いちいちかけられる善意に返事をするのが照れくさくて、傘を傾けて顔を隠し、うつむいて歩くとそれはそれで「大丈夫ですか領主様!? 具合が悪いなら領主館までお送りしましょうか!?」と屈強な農夫に行く手を遮られる。もう過保護の領域だ。

(何か俺がユーゴと……その、仲が良いのもバレてるし。何でもかんでも受け入れすぎじゃねーのかうちの領民?)

 俺だって領民どうしで何度も話し合いの場が儲けられていることは知っている。

 元吸血鬼の人間も含めて共同体を成立させるために、それぞれ呑み込んでいることもあるだろう。

 だからこそいずれ領主の俺の介入が必要になると思っていたのに、あいつらときたら早くも状況の変化に折り合いをつけて、穏やかで理想的な村を実現している。

(……俺が人間に戻っても、ここにいさせてくれそうっつーか。いいやつらだよな……)


 領主館に戻ると、ユーゴは中庭で洗濯物を干していた。

 風に翻る白いシーツの向こうから、俺に気づいたユーゴが「あ!」と満面の笑みを見せる。

「おかえりなさいウェイド様! ザロモ領の様子はどうでした?」

「んー、前に約束させた通り人間の待遇はだいぶ改善されてたけど、新当主の頭が固くて。人間側の代表も恨み骨髄だからまだろくに話し合えねーんだよ。そうなって当然だけどさ」

「そうですか……」

 ユーゴは眉を下げ、労るように俺の肩に手を添える。

「でも、ウェイド様ならきっと大丈夫です。その人たちもいつかは分かってくれますよ」

「……ん」

 普段はよく分からないタイミングで突如意味不明な言動をし始めるのに、ユーゴはいつも俺が言ってほしい言葉を言ってくれるから不思議だ。

 俺は距離を縮めてユーゴの目を見つめた。

 ユーゴはほんの一瞬目を丸くして、最初は照れくさそうに、それから心底嬉しそうに見つめ返してくれる。

 胸に引っかかっていた徒労感がすうっと消えていく。

 ユーゴは洗い立てのタオルを引っかけたままの腕を伸ばして、俺を抱き込んだ。石鹸のいい匂いとユーゴの体温に包まれる。俺はこれが好きだ。

 ユーゴが俺の耳元でくすりと笑い、

「さっきまでまたエディンが来てたんですよ。お昼ご飯に呼ばれて渋々帰っていきましたけど」

「へえ、ギリギリセーフだ」

 エディンは魔力量相応のすさまじい成長速度で大きくなり、まだ生まれて三ヶ月ほどなのに二歳児くらいに見える。

 知能も高いようで、よちよち歩きでこの領主館に来ては「りょーしゅしゃま!!」と容赦ない爆音で俺を呼ぶ。エディンに見つかったが最後、子ども特有の無尽蔵の体力で延々と遊びに付き合わされ、逃げだそうとすると号泣されるので困りものだ。

 今日のように仕事で疲れて帰ってきたところにエディンの遊んで攻撃を食らっていたらやばかっただろう。

 するとユーゴが急に声を低めて、

「……思えばソシャゲの賢者エディンってめっちゃくちゃウェイド様語りするんですよね、あのときは俺もウェイド様の情報が得られてラッキーって喜んでましたけど生後三ヶ月にしてこの懐きようは俺もさすがに警戒するというか、もし恋愛ではないとしても早めにマウントとっといたほうがいいかもなと思ったりしてまして……いやまだ生後三ヶ月の幼児ってことは重々分かってるんです、大人げないのも承知してるんですけど、どーしても本能の警報が鳴り止まないんですよ~……」

「ふはは、まーたユーゴが意味分かんねーこと言ってる!」

 いつもはドン引くところだけれど、今日は早くユーゴに会いたいとばかり思っていたからそれも愛嬌に見えた。

 けたけたと笑っているとユーゴも力が抜けたように噴き出し、「ウェイド様」と甘ったるい声で俺を呼んだ。

 予想に違わず、そっと優しく顎を掬われる。

 中庭といっても外は外だし、今の領主館には来客が絶えない。

 こうしてキスしているところを誰かに見られる可能性はゼロじゃなかった。

(……でもまぁ、いいか)

 俺だって、ただお前に会いたいだけじゃなかったんだからな。

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ヴァンパイアにさよならを~恋する推し活異世界人は吸血鬼より始末が悪い~ oryo @oryomoimoi

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