第11話 対決

 背後から放たれた一条の光がすぐ横を掠め、俺たちは薔薇星室の接近を知った。

 俺はウェイド様の肩を引き寄せ、「この下に降りましょう!」と目下の森を指さす。

 ウェイド様はうなずいて魔術を操り、俺たちは重なる木々の枝葉を抜けて地面に降りる。

 薔薇星室の連中も後を追ってこの森に入ってくるだろうが、要するにビーム攻撃である光刃は遮蔽物が多い場所ではそもそも当てるのが難しい。ここなら逃げ場のないまま射線が通ってしまう坑道と違って俺たちに有利だ。

(……ザロモ卿があんなことになって、薔薇星室どころか全ての吸血鬼にウェイド様が命を狙われることになるなんて……。あの真祖……)

 ソシャゲで次回開催予定だった追憶イベント名「都にかかる虹」が真祖のあの新兵器のことだったとしたら、グレゴリウスのプロフィールと合わせて考えると、正史のウェイド様はあの「虹」とグレゴリウスに為す術なく殺された可能性が高い。

 せっかく未来が変わったのに、同じ結末にさせてたまるか。

(ウェイド様は死なせない)

 俺たちは少し周囲を探索し、崖下に洞窟を見つけた。

「洞窟だ! ウェイド様、隠れられそうですか?」

 ウェイド様は洞窟を覗き込み、

「ああ、高さも充分だし……少し奥に行くと湾曲してるみたいだ。日光から隠れるにはぴったりだな」

 ほっと息をついてから、ウェイド様がこの一円に防壁を張った。

「じゃあ、……やりますね」

 俺は事前にウェイド様に渡されていた特別製の短剣を頭上に掲げる。

 すると短剣の切っ先から魔法陣が展開され、銀色の光が空に吸い込まれていく。ウェイド様が開発した、真祖の偽りの空に穴を空ける魔術だ。

 見た目には違いは分からないが、今このときから俺とウェイド様の周囲には本物の日光が降り注ぐようになった。

「……っ」

「ウェイド様」

 ウェイド様は真祖の魔術を解析し、さまざまな素材を活用して光刃と日光に対する耐性を自分に付与することに成功したが、それでも全く平気というわけにはいかないようだ。口元を手で押さえて吐き気を堪えるような仕草をしたウェイド様は、心配する俺を手で制してかぶりを振った。

「平気だ。ちょっと具合が悪くなる程度で済むなら上々だろ、洞窟に隠れれば良くなるよ。……それより、結局お前に引き金を引かせることになって、ごめんな」

 真祖に許しをもらっていない吸血鬼は吸血鬼を攻撃できない。その意志を持った時点で魔術が編めなくなる。だから、ウェイド様の代わりに魔術を発動させ、吸血鬼と対決するのは俺にしかできないことだった。

 俺は誇りさえ感じてその役目を請け負ったのに、ウェイド様はいまだに俺の負担を気にしてくれている。

(なんつーか、ウェイド様って俺に平和にのほほんとしててほしがってるんだよな)

 殺すなんて似合わないこと言うなよと俺をなじったことといい、俺なんかになぜか変な夢を見ているところが、愛おしくももどかしい。人間は自分が守ってやるものだという固定観念がまだ払拭しきれていないのだろう。

 俺はウェイド様の顔を覗き込んで破顔した。

「謝らないで。追っ手を何とかしたらすぐ戻ってきますから、ちょっと待っててくださいね」

 ウェイド様は洞窟の壁に手をかけたものの中にはまだ入らず、不安そうに俺を見つめている。

「……日暮れまでは、空に空けた穴から降り注ぐ日光がお前を守ってくれる。でも、気をつけろよ。一箇所でも怪我してきたら説教だからな」

「はい!」

 最後まで俺のことばかりのウェイド様をせめて安心させるため、にっこりと元気に返事をして、俺は駆け出した。


 薔薇星室の連中は、ウェイド様が光刃の力の源が本物の太陽光だと看破し、対策を進めていたことを知らない。

 そしてウェイド様の推理によれば、真祖は薔薇星室であっても日光への耐性をばらまいてはいないはずだ。

 ザロモを「虹」で焼いたとき、遮蔽物もなく間近で余波を受けた吸血鬼たちは火傷のような傷を負い、あれほど苦しんでいたのに、真祖は涼しい顔をしていた。

 つまり、真祖はすでに日光への高い耐性を獲得しているというのがウェイド様の考えだ。自分の絶対性を日光を利用した武力を振り回すことで確立しようとしている真祖が、自分以外に日光への耐性を持つ吸血鬼を生み出すわけがないということだった。

 だから、薔薇星室にも日光は効く。

 ウェイド様を隠した洞窟を中心とした一円に降り注ぐ日光をもろに浴びた者は即座に戦闘不能に陥るし、それを免れた者も日光の結界の中には入れない。

 となると結界の外から攻撃するしかないが、森は遮蔽だらけだ。

 光刃を撃っても的中させられないし、人間の俺には効かない。

 大規模な魔術で一帯を吹き飛ばそうとしても、ウェイド様ほどの魔術師が張った防壁を貫くことは不可能だ。

(大丈夫だ、日が暮れるまでに全員倒せる!!)

 思った通り、日光に焼かれて倒れ伏している数人の奥に、何が起こったのか理解できず言い合いをしている残りの薔薇星室を見つけた。

 俺は自分の身体を動かすコントローラーに頭の中でコマンドを入力し、そいつらの背後を取って襲いかかった。



 ……不意に結界に反応があり、俺は暗い洞窟の中で顔を上げた。

(……嘘だろ。まだ日は沈んでないぞ?)

 反応はふたつ。

 日光が降り注ぐこの結界内に入ってくる薔薇星室がいるわけがない。その上俺の防壁を部分的に破る力量があるのなんて……

(まさか、真祖!?)

 確かに真祖は日光への耐性を備えているようだったし、俺の防壁を部分的にならパスできる腕もあるだろう。

 だが結界の反応では、結界内に侵入してきたのは二人だ。

 仮にひとりが真祖だとしても、もうひとりは誰だ?

 自分の絶対的な優位を保つために、真祖は自分以外の誰にも日光への耐性を与えることはしないだろうと俺は思っていた。

 でもこれは……ひとりだけ、特別な側近にそれを与えたっていうのか?

(だとしたらそいつは真祖に最も信頼されている部下だ。並の腕じゃないはず)

 反応はどんどん結界の中心へ進んでくる。

 俺は慌てて身を翻し、洞窟の奥へ移動する。

 まだユーゴは戻ってこないし、俺ひとりでどうにかするしかない。

 そのとき、突然ふっとふたつの反応が消失した。何度確かめてみても追跡できない。

(……対策されたな)

 向こうが俺の追跡に気づいて手を打ったのだ。ムカつくが良い腕してる。ここが探知されるのも時間の問題だろう。

 緊張を逃がすように一度深呼吸をし、思考を巡らせる。

 光刃については対策してきたが、今日真祖が初お披露目した「虹」までは耐えられない。もしこの敵が真祖ではなかったとしても、俺の防壁を抜けるほどの腕の持ち主なら何らかの必殺技を持っているだろう。

 一方の俺は吸血鬼を攻撃できないままだ。この敵と直接対峙すればまず勝ち目はない。

 ユーゴが戻るまで逃げる、それしかない。


 洞窟から出ると、日差しとともに重しをつけられたような倦怠感が全身を襲うが、ユーゴの安全のためには空の穴を塞ぐことはできない。

 木々の幹に手をつきながらどうにか歩みを進める。

 せせらぎの音を頼りに小川のほうへ向かおうとしたとき、


「動くな」


 後ろから首に剣を突きつけられた。


「……グレゴリウス……」

 そんなことだろうと分かってた。

 ギリギリまで信じたくなかったけど。

 自分の首を今にも刎ねようとしている剣に見覚えがあるのが妙に悲しかった。紛れもなく、これはグレゴリウスの剣だ。真後ろに感じる圧倒的な存在感も、俺を脅してきた声も。

「さあ、捕まえたわ」

 正面の木陰から蛇のように音もなく真祖が姿を現した。

 真祖がグレゴリウスに日光への耐性を与えたことにもはや疑う余地はない。

 化粧のように残虐さで彩られた美しい笑みと向かい合った俺は、上半身をひねって後ろのグレゴリウスを横目で見上げる。

「……お前が真祖のお気に入りだったなんて知らなかったよ」

 グレゴリウスは何も答えない。

 表情はうつろで、俺に剣を突きつけておきながら何も感じていないようだった。

(真祖のチャームか)

 見たことのないほど強烈で粘着質なチャームがグレゴリウスにへばりついている。これじゃグレゴリウスの意識に呼びかけるのは勝ち目が薄いと見て、俺は視線を戻す。

「真祖とその側近がわざわざお出ましになって、そこまで俺を殺したいのかよ?」

「もちろん」

 真祖は何気なく空を見上げ、何事か口の中で唱えた。

「……!」

 俺が偽物の空に空けた穴が、みるみる内に修復されていく。

(日光が……!)

 のしかかられているような全身の倦怠感は楽になったが、穴を塞がれ、本物の日光を遮られてはユーゴが危険だ。

 俺はとっさにこの場から逃げだそうとしたが、

「動くなと言ったはずだ」

「い゛、っ!」

 グレゴリウスが俺の腕を後ろへ引っ張り、折れても構わないというように捻り上げた。痛みのためだけでなくまなじりが熱くなる。

 俺は、……バカだ、ショックなんて受けるな。

 今のこいつは正気を失って敵に回ってるんだから。

「その様子、少しとはいえ日光への耐性をつけてきたようね」

 真祖が不快そうに細い眉根を寄せる。

「……やっぱり邪魔だわ、お前。低劣な吸血鬼どもにゴミのように殺されるのがお似合いの裏切り者風情が。グレゴリウスがお前を殺したいと言い出さなければ、私も最期の最期までこんな不愉快な思いをさせられずに済んだのかしらね」

「……お前がチャームで言わせたんだろ! これ以上こいつを愚弄するのはっ……」

「違う」

 グレゴリウスが冷たく言い捨てた。

「これは私の意志だ、ウェイド。仕事だから仕方なくやるわけでもない。お前をこの手で殺すことを私が望んだ」

「…………」

 予想とは違う言葉をどうにか咀嚼した俺は、砲丸でも呑んだように声が出なかった。

 ソシャゲの世界ではグレゴリウスが俺を殺したのだと言い張っていたユーゴが頭をよぎる。

(……い、いや)

 いや、そんなはずない。

 俺は鮮明に響くユーゴの声を首を横に振って振り払った。

 腹に力を入れて気持ちを強く持つ。グレゴリウスが真祖のチャームの影響下にあることは明らかだ。今は操られているけれど、そもそもこいつはこう見えて我が強いやつなんだ。古い付き合いの俺はそれをよく知ってる。

 真祖が何だ、きっとこいつは目を覚ます。

「しっかりしろよグレゴリウス! ただの仕事でやられるほうがまだマシだ! お前が俺を殺したがるわけねーだろ!?」

 俺は拘束された腕が軋むのも忘れて喚いたが、グレゴリウスは陰に籠もった不気味な笑みをかすかに浮かべるだけだ。

 俺はそれを見て、次第にみじめな絶望感に蝕まれ出した。

「…………何で?」

 血の気が引いて身体が芯から冷え、たったひとつきりの疑問が口をついた。

 グレゴリウスはぴくりと口の端を震わせたが、冷え切った視線の温度は変えずに答える。

「お前を愛してるからだよ」

「この、大嘘つき」

 もちろんこんな話、俺が信じるわけがない。

 俺は死の恐怖に怖じ気づく自分を叱咤してグレゴリウスの怜悧な顔を睨み上げる。

「意味わかんねー。愛してるなら何が何でも生かすはずだろ? 色ボケグレゴリウス、絶対俺が助け出してやるから、覚悟しとけ……!!」

 人間のくせして吸血鬼の俺を守ろうと無茶な強化を耐えきったユーゴなんか良い例じゃないか。いつの時代の誰だって、愛する人に生きていてほしいから七転八倒して苦労するのだ。

 グレゴリウスは、おそらく混乱を来していたと思う。少しの間目を見開いて雷にでも打たれたように立ち尽くしていた。

 真祖が怒りに頬を紅潮させ、金切り声で、

「このっ……粗忽者!! 何を迷っているの、さっさと殺しなさい!!」


「ウェイド様!!!!」


(来た!!)

 風が鳴ると同時、すんでのところでグレゴリウスが飛び退った。次の瞬間、ユーゴの蹴りがグレゴリウスがいた場所に突き刺さり、真祖の顔が忌々しげに歪む。

 空振りに気づいたユーゴは肩で息をしながらも俺を庇うようにして立ち塞がった。……よかった、怪我をしている様子はない。

「遅くなって申し訳ありません、ウェイド様ご無事ですか!?」

「あ、ああ、悪い、俺見つかって……」

「大丈夫、下がっててください」

 ユーゴは真祖とグレゴリウスから視線を外さないまま、かすかに安堵の息をつく。

「人間風情が……シュマルドの末裔が、この私に楯突くというの? 本当に身の程知らずね。お前を処刑人にしてやってもいいのよ!」

 真祖の金色の目が怪しく輝いた。グレゴリウスさえ縛ってみせたチャームが、まっすぐにユーゴを襲う。

 だがユーゴはシュマルド人ではないし、異世界人だからかチャーム耐性が飛び抜けて高いのだ。

 もろにチャームを食らっても何の変化も見られないユーゴに、真祖のほうが動揺を見せた。

「……!? どうしてよ、私のチャームが効かない!?」

 完全にキレているユーゴがじりっと前に出ると、真祖はたじろいで反射的に一歩下がった。その直後、そんな自分を恥じるようにまなじりを吊り上げ、ますます攻撃的に言いつのる。

「寄るなっ!! グレゴリウスっ、グレゴリウス!! こいつらを殺しましょう、早く!!」

「……っ」


 真祖が無数の攻撃魔術を瞬時に展開し、グレゴリウスが剣を構える。

 そして頭上には、あの金色のアーチ――――「虹」が現れた。が、ユーゴはそれを視認するや否や短剣を鋭く投擲し、アーチをど真ん中から砕いてしまう。これには真祖だけでなく俺も「えっ」と腰を引かせた。

 真祖は焦って魔術を一斉に放ってきたが、それらは全て俺の防壁がふせいだ。爆音が轟き、閃光が幾重にも視界を焼く中、それを切り裂いて跳躍してきたグレゴリウスと拳を魔術の装甲で覆った徒手空拳のユーゴが斬り結ぶ。

 俺は真祖とグレゴリウスに対して魔術を使えないか試みてはみたが、やっぱり編む端から魔力がほどけて発動できない。

 真祖が今度は俺に標的を移し、攻撃魔術が襲い来る。自分を守る防壁なら展開できるので、俺はどうにかそれも凌いだ。

 ユーゴとグレゴリウスの激しい攻撃の応酬が続き、辺りの木々が余波で倒れていく。

 ついに真祖は完全にユーゴたちに背を向けて、憎しみをたぎらせながらこちらに歩き出した。

「……お前……だけは……!!」

 次は刃のような切れ味の爪が俺を引き裂こうとするだろう。こんな生きるか死ぬかというところに来ても同族というだけで攻撃すらできないなんて、やっぱり吸血鬼なんかクソだ。

 俺は限界まで防壁を強化して背を木の幹につけた。

 こちらの様子に気づいたユーゴがグレゴリウスの剣をはじき、思い切り地面を蹴って向かってくる。

 それを追ってグレゴリウスも続いた。

(殺されてたまるかよ!!)

 それぞれ思惑は違ってもこの場の全員がこっちにやってくる。

 そして。


 グレゴリウスの剣が、真祖の心臓を貫いた。


「は!?」


「………………ぁ、え……?」


 俺は身構えながら、ユーゴは俺と真祖の間に立ち塞がりながら、呆然と自分の胸を見下ろす真祖を見つめるしかなかった。

 ごぼっと真祖が大量の血を吐き、信じられないというように震える手で血まみれの剣に触れようとする。

 それを待たず、グレゴリウスは剣を引き抜いた。

 血が弧を描いて宙に舞う。

 真祖が膝を突いてその場にくずおれた。

 無感情にそれを見下ろすグレゴリウスに、真祖はいまだ訳が分からないという顔だ。広がっていく血だまりに頬をつけてがふがふと繰り返し吐血しながら、

「……な、なぜ……お前、だけは……わたしとおなじに、してやった、のに……」

「それは確かにありがたかったが」

 グレゴリウスは剣についた血を一振りで払った。

「このまま殺したとしても、信じてもらうことさえできないようだからな」

「………………わ、から、な……」

 真祖は最期まで寄る辺のない迷子のような表情で、混乱したまま息絶えた。

 俺たちも突然のグレゴリウスの翻意に戸惑い、何も言えなかった。

 しばらくして、互いの靴のつま先を真祖の血が染める頃、沈黙を守っていたグレゴリウスが口を開く。

「ウェイド」

「! え、お、おう」

 おっかなびっくり返事をした俺に、グレゴリウスはほんの少しだけ笑った気がした。見間違えかもしれないが。

「すまなかった」

 謝られた。

 何を考えているのか全然分からないが、とりあえずもうやりあう気はないらしい。

「正直こんなもの、私の期待した未来じゃないが……吸血鬼を吸血鬼たらしめていたバルタザールの呪いは、真祖が死んだことで遠からず消えるだろう。今は取り急ぎお前が真祖の『偽りの空』を引き継げ。さもないと大陸全土に本物の日光が降り注ぐぞ」

「そ、そっか! そうだな!?」

 俺は慌てて持てるすべての魔力をそっちに注ぎ込んだ。真祖が維持していた日光を遮る魔術的な皮膜をそのまま利用し、俺が継承するかたちで手順を進めていく。

 そのかたわら、俺は必死で「グレゴリウス」と呼びかける。

「てことはお前のチャームも解けただろ!? こんだけやらかしてくれたんだから、とうぜん事後処理はお前が……」

「悪いが私はしばらく都を離れる」

「はあ!?」

「そうしてください」

 ふざけんなよお前と暴れる俺を抑えたのは真顔のユーゴだった。まさかここでユーゴに離反されると思っていなかった俺はいっそう腹が立ち、その肩をぼこすか殴る。思ったよりびくともしないのでそれにもまたムカついた。

「何で行かせるんだよ!? 今後のしち面倒くさいもん全部こいつにやらせるのが一番丸いのに! お前だって死ぬような目に遭わされたろ!」

「えぇもちろんウェイド様を殺そうとしたことは微塵も許してませんし未来永劫許しませんがそれはそれとしてガチヤンデレ化してウェイド様に要らんこと吹き込む前に一刻も早く遠くへ行ってもらいたいので」

「だから何で!? チャームは解けたっつってんだろ!?」

 俺を後ろからがっちりと捕まえたまま、グレゴリウスを邪険に扱うユーゴの気持ちも分かるが、実際に真祖を殺して俺たちを救ってくれたのもグレゴリウスなのだ。その功績が正しく報われずにグレゴリウスだけが割を食うのは納得できない。

「ま、まあそりゃ……最初に真祖に背いたのは俺なのに結果的にお前に真祖を倒す役をやらせちまったし、それが気がかりで身を隠そうとしてるなら、実行犯は俺ってことにしてもいいしさ。だいたい真実を公表すれば、みんなお前を吸血鬼を救った英雄だと認めるはずで……」

「別にそんな理由じゃないさ」

 グレゴリウスは俺の言葉を遮っておもむろに俺の手を引いた。いきなりのことで反応できなかった俺の頬に冷たく柔らかいものが押しつけられる。と、今度は「○△×※ッッッ!!!」と謎の奇声をあげたユーゴの手でべりっと引き剥がされた。

「バッ、なっ、何してんだクソ野郎!!!!」

「頬にキスくらいでグチグチ言うな。普通にあいさつとしてもすることだろ」

「ふざけんなーー!!!!」

 目を剥いて怒り狂うユーゴの拳をひょいと避け、グレゴリウスはふんとつまらなそうに鼻を鳴らす。

 俺は頬を押さえたまま、グレゴリウスが真祖の相棒かのように現れてからの一連の理不尽に次ぐ理不尽展開にすっかりフリーズしていた。というかキャパを超えすぎて、この俺の頭脳をもってしても回転数が足りない。

 グレゴリウスは最後にそんな茫然自失の俺の姿を一瞥して、なぜか少し不満げに「心配するな。ほとぼりが醒めたらまた会いに行く」ときびすを返して森の奥へと消えていった。

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