ネットストーカーに殺される!

縁田 華

プロローグ

何となくな午後

 スマホの画面をスクロールすればする程、気が滅入るようなニュースばかりが流れてくる。朝早くから更新されたと思しき『闇バイト』の文字。このところ、夜のニュース番組も連日そうしたものばかり特集している。仲のいい友達とチャットで会話していても、いつの間にかニュースサイトのリンクが流れてくるのだ。しつこい広告のように。







 僕は寮から通っているから関係ないとはいえ、隣の市ではつい三日前にとある老人の家が被害に遭った。首都圏や、そうでなくても栄えている街ばかりが狙われているせいか、妙な安心感がある。






 ニュース番組のキャスターやアナウンサー、コメンテーターはまるで悪いモノのように『スキマバイトのアプリ』を報道する。一時世を騒がせた『フリマアプリ』と同じか、ソレ以上に悪いモノだと刷り込みたいのだろうか。手軽に出来ること程便利なモノはないのにもかかわらず。彼らは頭が固すぎると、僕は感じた。






 二コマ目の講義が終わった後、僕は二階の食堂へ向かった。すぐ近くの自販機でお茶を買い、食券を買う列に並ぶ。この大学には二つの食堂があるのだが、僕は一つ目の食堂にしか行こうとは思わない。三コマ目の教室が近いので、週に三回程来ているのだ。それ以外の日は売店で売っているおにぎりやサンドイッチがメインだ。






 前の人が食券を買い終わり、僕の番が回ってきた。思ったよりも早い。いつもは列の前に四、五人いるのだが今日はいないのだ。ラッキーデーだと思い、『日替わり定食』のボタンを押すと、券が出た瞬間、『売り切れ』の赤いランプが点いた。






 今日の定食はチキン南蛮。ご飯と味噌汁はおかわり自由だが、これだけでお腹が膨れることもあってか、利用する人は少ない。たまにコンソメなどのスープに変わっていることもあり、その時はいつもよりも鍋の減りが早くなっていた。小皿の中にはきゅうりの漬物があり、小さいながらも歯応えは良かった。





 お椀の中の味噌汁を啜ると、優しい味が口いっぱいに広がっていく。今日の具はエノキとワカメ。たまにネギ入りのハズレがあるから、今日は本当にラッキーデーなのだろう。僕のような者に、この食堂は優しくないと感じられる。






 食堂では相変わらず女子達の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。耳を刺すような声だが、それよりも僕はある記事に夢中だった。SNSで流れてきたその記事は、ここから少し離れた街で起きた事件のものだった。







 記事の二ページ目までを見終えた瞬間、僕の隣におにぎり二つとお茶を持った北が来た。

「おっ、御船じゃん。何見てんの?」

「北くんか。隣の市にある歓楽街で起きた事件だよ」

「ああ、一昨日のやつね。朝のニュースでやってたやつ。キャバ嬢が集団ストーカーに襲われて殺されたんだって」

「そう。一週間前にも別の街で強盗殺人があったみたいだし」

「最近多いよなぁ、ホント」







 北は僕のスマホをマジマジと見つめる。目線は下の記事へのリンクにあった。『相次ぐ闇バイト』『スキマバイトに注意』などのなどの文句が上から順に並んでいる。







「でもさぁ、コレ。俺らみたいな若い人は引っかかるよなぁ」

「テレビでも散々やってるけど、『高収入』『ホワイト案件』『絶対捕まりません』『詳しくはDMで』ってなってるやつは百パー闇バイトだって」

「それだけじゃ対策にはならないよ。ああいうのはお金がない人達がやるからな。もし御船のサイフに数百円しかなくて、銀行にも殆どなかったらどうする?」

「………」

僕は黙り込むしかなかった。






 寮暮らしの身であっても、バイトで身を粉にするような生活をし、翌朝眠い日が続いても、僕は欲しいモノが確かにあった。最新のゲーム機以外にも、かわいい彼女とのデート代に、月一でファミレスに行ける程の食費。それ以外にも推しのグッズに映画のチケット代やCD、新しいパソコンに原付。欲しいモノは沢山あった。






 欲張りだと思われるだろうが、僕は潰れることのない幸せが欲しかった。小さい頃から酒浸りの父と、世間体を気にしてばかりの母の元で育ったから、県立高校を出た後は逃げるように寮へ来たのだ。母は祝ってくれたものの、父はいつものように殴ってくる。







 母も心の底から祝っていた訳ではない。合格祝いに高いレストランに連れて行ってくれたが、厚化粧をした顔は、血色がいいというよりは不気味で気色悪かった。自分を偽ってでも『いい母親』を演じたいのだろう。ソレもあり、僕は家に二度と告げて寮に来た。母は訳の分からないことを喚いていたが、僕の耳には入らない。漸く僕は『自分だけの部屋』を手に入れた。







 今日の講義が全て終わった後、のんびりとした足取りでラウンジへ向かうと、そこには北がいた。カバンとジュースをペットボトルの上に置き、黒いノートパソコンを開いている。

「北くん、講義終わったの?」

「御船は全部終わったのかよ?俺はサボり」

「そんな、サボっちゃ駄目だよ!単位に響くんだよ⁈」

「つまんねー講義よりおもしれーの見たいだろ?ほら」

そう言って彼はパソコンの画面をこちらに向けてきた。







 灰色一色の画面には何かコメントが書き込まれている。『以下、名無しがお送りします』の先には、昼に見ていた事件について、噂の域を出ないとはいえ真相を探り合っている様子があった。






「掲示板?」

「そ!暇な連中があることないこと書き込んでるんだよ」

「にしても、ざっと見たけどぶっ飛んでるのもないか?『キャバ嬢との痴情のもつれ、或いは逆恨み』ならまだ信じられるけどさ」

「『闇バイト』が絡んでるって噂だぜ?あのストーカーもそいつらの手先だと。小さいマンションに住んでたみたいだけど、部屋が荒らされてたみたいだから間違いないってさ」







北の手が画面を下までスクロールする。そこには僕でさえ知り得ない情報が書き込まれていた。







『あのキャバ嬢、子供いたんでしょ?』

『遺体は見つかってないって』

『海にでも投げ込まれたんじゃない?』

『闇バイトに子供ごと消されたとか?』







「信じらんない‼︎もし嘘だとしても‼︎犯人は血も涙もないのかよ⁈」

「さあな、強盗なんてそんなモンだよ。口封じだろどうせ。海外でもたまにあるじゃん。吠えて煩えからって犬殺した強盗の事件。ああいうのはバレたらお終いだからな」








 恐ろしいことに、スレッドはまだ続いているようだった。大半が野次馬に等しいモノではあったが。一通り見終わってから、僕は北に礼を言い、

「講義はあんまりサボっちゃ駄目だよ」

と忠告をしてからその場を後にした。







 寮へと帰る道すがら、僕は近くのコンビニでお菓子を買っていくことにした。手持ちのお茶も切れているのでついでに買っていく。







 コンビニが入っているテナントのビルは、いつ見ても笑ってしまうような名前の建物だった。『麻品ビル』というのだが、『ましなビル』とも読めるせいか、近所の人からはそう呼ばれていた。







 コンビニに入ったが、どうも目立ったキャンペーンの類はやっていないようだ。にもかかわらず、キャラクターやゲームのくじの景品が未だに残っていて、安売りされている。券も何もかもなくなり、薄く『三百円』『百五十円』のラベルが貼られている辺り、余程人気がなかったのだろう。









 うすしお味のポテトチップスと緑茶を買い、コンビニから出ると、目と鼻の先にある駅の前に人だかりが出来ていた。パトカーや救急車がサイレンを鳴らし、一部の人は声を上げて泣いている。僕はたまたま近くにいた警察の人に話を聞くことにした。






「何かあったんですか?」

「さっき下校中の小学生が不審者に襲われたんだよ。今病院に運ばれて行ったんだ」

「犯人は捕まったんですか?」

「いや、今も何処かにいるよ。この街ではないけどね」









 電車を乗り継ぐこと三十分。小高い丘の上にある小さなマンションのような建物に僕は戻って来た。自分の部屋に着くなり、急いでテレビを点ける。手を洗いながら放送を聴いていると、

「◯◯県逆倉市で小学五年生の男の子が暴行されるという事件が発生しました。男の子は病院に搬送されましたが三十分後に息を引き取ったとのことです」







テレビの声が続ける。

「犯人は市外へ逃亡中、警察は引き続き捜査を進めているということです。続いてのニュースです……」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ネットストーカーに殺される! 縁田 華 @meraph

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ