第11話 天使と悪魔

 ソファーで3時間の睡眠を取ったあと、シャワーをしてから、外に出ると、財布がなかった。おまけにダメ子もいない。


「まぁいいか……」


 捕まえればいいし。

 そう思いながらソファに横になって、天井を眺めながら、イヤホンで音楽を聴いていると、突如明るくなった。


「ンォア!?」

「目がキマってて怖かったわよ」

「ダメ子! 財布を盗んで消えたのでは……!?」

「死ね」


 ダメコは白い袋を引っ提げて台所から顔を出していた。


「なにしてんだ! その袋はなんだ!」

「レジ袋。あんたが寝てる間にどれチンポでも見てやろうと服を脱がしたところ、非常に痩せ細っていたので、不憫に思った天使……そう、天子様は、料理を作ってやろうと思い野菜と肉をコンビニで調達してきたのよ。私のことは天子と呼びなさい」

「チンコ……?」

「死なす……!」

「それに、追っ手を用意してたあんたはもうなにを言っても説得力ないわよ」


 一文字組の田島さんと鈴木がいた。


「免許証見たわよ、清水翼ちゃん。19歳なんてまだまだ育ち盛りじゃない! たくさん食べないとダメよ」

「飯なら自分で作れる」

「お姉さんに任せなさい! でなければ帰れ」

「帰る家がここなんたが……」


 天子は俺の額を割と強めに引っ叩くと、台所に、篭ってしまった。


 洗い物をする音が聞こえて、「調理器具全部きたねぇんたが!!」という叫びの後に、料理をする音が聞こえてきた。


「鈴木……なんだあいつ……?」

「知らねぇけど……お前と同じタイプのお人好しなんだろうな」

「明日米買いに行くらしいぞ」

「明日はあいつの戸籍取りに行くんだが……?」


 痩せてんのはお前もだろうに、俺が年下というだけで、ずいぶん甘やかすんだなぁ。


「清水さんが言ってたぜェ……」


 田島さんが煙草に火をつけながら言う。


「『翔太郎は善人に好かれやすい』ってな」

「あ、それ俺も聞かされたッス。妙な納得がありますよね。オヤジとか清水さんが滝の事めっちゃ気に入ってたし」


 清水さん。

 俺が知る中で……この生涯で出会ったどんな人よりも優しく、温かい人だった。親の心中。子どもを巻き込んでしようとするお父ちゃんの顔。人間不信に陥った俺を優しく立ち直らせてくれた、翼に笑顔を取り戻させてくれた本物の善人。俺はあの人に生かされていたのだ。


「あと1ヶ月ちょいでお前も20歳だろ? 酒飲めるようになったら語り明かそうぜ」

「……ん? はたち?」

「なんだお前! いま7月だろ? お前の誕生日8月10日だろ?」


 あっ。


 そういうことか。


「そうっした」

「なんだお前、自分の誕生日忘れてたのか」

「清水さんに報告しちゃろ。滝のバカがまたバカだって」


 そうしていると、「おらー! 飯できたぞ!」という天子の声が聞こえた。


「目玉焼きに、ウインナーに、味噌汁に、米! 完璧の布陣すぎる……! 食え!」

「両面焼きがいい……」

「いいから食え!」


 久しぶりに食った飯だった。

 いつも買いはするけど……忘れて腐らせる……様な事ばかりしていたから、久しぶりの温かい飯だった。米はレンチンのやつだったし、味噌汁はインスタントだったけど……それを含めても、こんなに温かい飯は初めてだった。


「俺、ひとりで生きてる気になってたんだ……」


 8月10日は清水さんと翼が死んだ日だ。

 それ以前に……なんて言うのがやっぱり、おかしい話ではあるけど……俺の誕生日らしい。そうか、だからあの日……飯を奢ろうとしてくれたんだろうか。俺の誕生日だから、2人はあそこに行ってしまったのか。


 ああ……ダメだなあ……。

 全部俺のせいじゃないか………。


 俺は……悪魔だ。


 俺がそんな日に生まれていなければ、俺がそもそも生まれていなければ、2人はいまも生きていたのに……!


 俺は、まるきり悪魔だ。


 全部俺が生まれたせいじゃないか……!


 愛するものを……殺しただけの人生じゃないか……!

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迷宮新世紀プロ 這吹万理 @kids_unko

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