義か不義か

「わたくしが王子と関係を持ったとして……その程度の、言ってしまえば世にありふれたことで、あの王の力をどうにかできるとお思いなのですか?」

「それだけでは駄目だ。事が済んだら、お前は意に反して王子に犯されたと、元老院に訴え出ろ」

「まあ……」


 何という悪辣な陰謀でしょうか。世人がそのようなときに女の言葉を疑わず、男の弁明を信じないという世の常を、そんな形で利用しようとは。

「俺が王子に、返書を届ける。内容は、『一夜限りならば、世に過ちもあり得るかもしれません』……こんなところか。俺は三日ばかりこのまま家を空けるから、任せたぞ」

「あ、あなた」


 そして、二日後の夜。果たして、王子がわたくしの寝室に、忍んで来たのでした。


「ルクレツィアさん……あなたは美しい」

「わ……わたくしは」

「どうか……僕の想いを遂げさせてほしい」

「すみません、わたくしは、やはりわたくしには、そのようなことは……」

「……そうですか。お気が変わられてしまったのならば……相すみませんでした。手紙のことはお忘れください。僕もあなたの手紙のことは忘れることに致しましょう」


 ああ。去ろうとするその後ろ姿の、なんと清冽で、なんと美しくあったことか。


「殿下。お待ちください」

「僕に、この上何を待てと言うのですか。いま、もう一度あなたのその姿を見てしまったら、僕はもう止まれない」

「構いません。どうか」

「ルクレツィア……」


 わたくしははじめて、殿方に犯されることの悦びを、真に知ったように思いました。

「そのまま。じっとしてらして……」


 わたくしは女奴隷のように、夜明け近くまで王子に、われと我が身の奉仕をもって報いました。


「いけない。夜が明ける。帰らなくては」

「王子。わたくしには、打ち明けないといけないことがございます。わたくしは……わたくしは、本心から、殿下のことを……」

「いけません。それ以上は」

「えっ」

「僕にも妻がいます。今度のことは、今夜限り。お互い、秘したる思い出として。墓まで持っていこうではありませんか」

「でも、妃殿下は、……」

「あの夜のことなら、奴隷は成敗しましたし……妻のことも、赦しています。僕は、彼女を愛していますから」

「わたくしのことは?」

「世に出すわけには参りません。僕は、次の王となる身ですから」


 王子は朝ぼらけの薄暗がりの中に去って行きました。


「おう……じ……」


 そうして。朝が来て、夫が友人たち――いや、革命の同志たちと言うべきでしょうか――を連れて、帰って参りました。


 そうして。その者たちの前で。


 わたくしは、『告白』を始めたのです。


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告白 きょうじゅ @Fake_Proffesor

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