独白
一目惚れ
わたくしの祖国ローマは、以前よりふたつに割れておりました。何故ならば、エトルリア人とローマ人、その二つの民族によって構成される国であったからです。エトルリア系の民と、ローマ系の民は政治的に相争うことが激しく、それがたびたび国内の紛争を招いていたのです。
わたくしルクレツィアはローマ人で、夫やタルクィニウス王はエトルリア人です。王はもちろんエトルリア閥の頂点にあり、エトルリア系の住民を強く優遇する政策をとっておりました。
しかし夫は、エトルリア人の身にありながら、ローマ閥の領袖たちと誼を通じ、ひそかに王家の転覆を狙っていました。といってもこのことは家中の秘事で、わたくしが彼の妻であるから知っていることに過ぎませんが。夫はしばしば、閨でこう漏らしたものです。
「ルクレツィア。王の支持基盤は強固だ。なにか、それを崩す詭計はないものであろうか」
夫にとって、わたくしはただ貞淑で大人しいだけの、つまらない女であったことでしょう。わたくしはいつも天井の染みの数を数えながら、夫が口にする場違いな言葉を、ただ聞いているばかりでしたから。
「ルクレツィア。たまにはお前ももう少し、積極的になってはくれまいか。ほら、口を使うとか――」
「ばからしゅうございます」
わたくしはこれでも良家の生まれですから、閨の中とはいえどそのような振る舞いに及ぶことには強い抵抗がありました。
「そのようなことは、女奴隷の振る舞いでございましょう」
「そういうものかな」
さて、ある時のことです。その日、夫は政治上の任務で外泊するはずだったのですが、突然、夜半に人を連れて戻ってきたのです。わたくしはたまたま、そのとき気まぐれを起こして夫の服を繕っておりました。
「どうだ。見たか。賭けは俺の勝ちだな」
「……むう」
「あなた、こんな夜更けに突然、どうなさったのです。そちらの方は?」
夫は答えました。
「なに、こちらの王子どのと、出先で賭けになってな。どちらの妻がより貞淑で、どちらの妻がよりふしだらか、と」
「……それで?」
「先に王子の屋敷に向かったら、妃殿下は男奴隷とお楽しみの真っ最中だった。だがお前は」
「まあ……」
わたくしは心底呆れました。自分の妻を捕まえて、そんな賭け事の種にしようという夫の人品というものに。……しかし、それよりも、気になったのは。
「どうした、王子。そういえば、うちの妻と会うのは初めてだったかな」
それはその通りでございました。わたくしは、寝巻き姿のわたくしを見つめる王子の目線が、そしてその白皙の美貌が、気になってなりませんでした。
「……なんでもない。それより、戻ろう。みなが心配する」
「ああ」
夫はわたくしに一瞥もくれず、戸を開けてまた任地へと出かけていきました。馬が走り去る音だけを残して。
それから三日ほどのちのことです。わたくしのもとに、一通の文が届けられました。あなたを愛してしまったようだ、とだけ綴られていて、差出人の名はありませんでした。わたくしは、すぐに夫にそれを見せました。これでも、貞淑な妻のつもりですから。
「これは王子の筆跡だ」
「左様でございますか。しかし、差出人の名がない以上は、返信のしようもないでしょう」
「いや……」
夫はしばらく何かを考えていたようでしたが、ややあって、かつて見たこともない嫌らしい笑みを浮かべて、こう言いました。
「ルクレツィア。夫として命じる。王子に抱かれろ」
「……はい?」
「これは王子を、いや、王を陥れる絶好の好機だ」
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