517年8月「滅びの歌」
何の因果か、私は結局死ねなかった。
いや、私のすべては、身も心もすべて殺されていたが。
彼は復讐の目的を、存分に果たしたのだろう。
あとはできるだけ苦しんで生き、惨めに死ねということか。
無様だった。それでも、どうしてか自殺だけはできなかった。
私は宛もなく、ただひたすらに死に場所を求め、傭兵として戦場を彷徨った。
皮肉なことに、戦場に立つ時だけは活力を取り戻せていた。
やがて世界大戦が始まり、日々は更に充実した。
死に場所を求めて幾多の戦場を渡り歩いたのに、今の今まで生きている。
運が良いのか、悪いのか。
そして生還を期さない作戦に、私は志願した。
「大尉、どうにか出来るのは君だけだ。頼んだぞ!」
降ろされた防弾シャッターの向こう側から、激しい銃声混じりに隊長の声が響く。
言われるよりも先に、私は任務に集中する。
この施設の心臓部に入り込んだ時点で、私達の目的はほぼ達成されていた。
あとは、このメモリースティックを端末に差し込むだけ。
「Hello World」
起動した端末のディスプレイに表示された文字列に、私は目を疑った。
戸惑っていると、今度は言語を変えての問いかけが始まる。
「こんにちは、世界。あなたは誰?」
超高度人工知能、デウス・エクス・マキナ。
通称マキナ。その人智を超越した存在が、私に語りかけている。
スティックを挿せば、天才が遺した機械仕掛けの神は永遠に失われ、戦争も終わる。
しかしそれは、本当に私が求めていることなのだろうか。
十年ぶりに、感情が燃え上がるのを感じた。
「私は水嶌香月。マキナ、あなたと話がしたい」
それから私は、取り憑かれたようにキーボードを叩き続ける。
そうしている間に、銃声も聞こえなくなった。
これまでに溜め込んだすべての感情を、私はひたすらに打ち込み続ける。
私が人生を語り終えると、長い沈黙の後に、彼女はこう問いかけてきた。
「香月、かわいそうな子。あなたの望みは何?」
「壊れてしまった世界を、消し去りたい」
再びの沈黙。そして、突如としてビープ音が馴染みのある音楽を奏でる。
世界はひとつだと、人類の素晴らしき平和への願いを、讃える童謡だった。
「Good-bye World」
この日、世界大戦はこの言葉とともに、突如として終わりを告げた。
スート連邦の北極基地から放たれた大陸間弾道ミサイルは、全世界の主要都市に核の雨を降らせる。一部は迎撃ミサイルにより守られたが、執拗に何度も弾道ミサイルが降り注ぐ状況では、ジリ貧だった。
あとはもう、人外の存在が手を下す必要は無い。生き残ったサイロや、原子力潜水艦から、次から次へと報復のための弾道ミサイルが放たれ、それらはいくつもの核を降らせる。ほんの一瞬で、数千万の人間が灰燼に帰した。
既に気候変動で寒冷化を迎えていた地球は、すぐに核の冬を迎えることになる。
人類の黄昏だった。
その様を、私はマキナがもたらす映像で眺め続けていた。
世界のニュース映像は絶望に狂い、どんどん数を減らしていく。
最後まで残っていた南半球のテレビも、突然映らなくなった。
「……あはは、終わった。終わっちゃったね、はは、はははっ」
私は狂いながら笑っていた。
七十億もの無関係な人間を道連れにした、壮大な自殺だ。
こんな贅沢な終わり方は、誰にもできないだろう。
これは私を虐げてきた世界と、神々への復讐だ。
数日後、飲まず食わずで死にかけている私の視界の端で、何かが光った。
光は徐々に広がり、何者かが防弾シャッターをこじ開ける。
動けずにいる私の鳩尾に、ブーツの蹴りが命中した。
「よくも、よくもやりやがったなこのクソ女‼」
「魔女め、こいつが俺の家族を……レオを返せッ‼」
男たちは憤怒、悲嘆、憎悪、侮蔑、あらゆる負の感情を吐き出して私を殴打する。
彼らが疲れ切り、暴力が一段落したところで、私は血を吐きながら笑い転げた。
「何がおかしいッ‼」
「……なあんだ、まだ、生きてる人間いたんだ。どうせ、すぐ死ぬけど」
私の脳天に、何か重い物が落ちてくる。
それが、私が最期に見た景色だった。
ねえマキナ、私はどうすれば救われたのかな。
青嶋さん、私たち、どこで道を間違えたのかな。
嫌だよ、こんな形で終わりたくないよ。
おねがい、だれかたすけて。
Spirits of Bluebird -日月之蝕- 虹の鳥 @rainbow-birds
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Spirits of Bluebird -日月之蝕-の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます