49 三島久美子 あの、私とお友達になってください。

 三島久美子


 あの、私とお友達になってください。


「俺は、ずっと前からお前のこと、……本当は、……」

「本当は、なに!? 信くん!!」

 久美子は言う。

 でも、もう、信くんの言葉は闇の奥から聞こえてくることはなかった。

「信くん!! 信くん!!!」

 久美子は叫ぶ。

 信くんから返事はない。

 久美子はそれから、数歩後ろに下がって、それからいろんな思いを振り切るようにして、くるりと体の向きを変えると『長いトンネル』の出口に向かって、思いっきり、全速力で、真っ暗闇の中をたった一人で、駆け出して、走り始めた。

 はぁはぁ、はぁはぁ。

 久美子の息は荒い。

 今日は、朝っからずっと動きっぱなしだったから、疲労も限界だった。お腹も空いたし、いつのなにかいろんなところに物にぶつかったり、怪我をしていたのか、痛みを感じた。

 でも、それでも(いつもの面倒くさがりな久美子なら絶対に歩いてしまったり、足を止めてその場に座り込んでしまったりしたと思うけど)久美子は絶対に、その走る足を止めることはなかった。

 久美子は走っている間、ずっと胸元にある古い神様のお守りをぎゅっと握り続けていた。

 そのお守りの存在が、久美子の力となり、臆病な久美子をこの真っ暗闇の中で今も走り続けることを可能にしていた。

 もちろんそれだけではなくて、信くんやさゆりちゃんの思いが、久美子に勇気を与えてくれていた。

 久美子は泣きながら走り続けた。

 もうなにも考えることはできない。

 疲れで、いろんな思いが頭の中をぐるぐると駆け回って、混乱して、よく自分の気持ちがわからなかった。

 だから久美子は走ることだけに集中しようと思った。

 そして、久美子は走り続けた。

 でも、いつまで走っても出口は、出口の光は、(あるいは出口の向こう側に光なんてないのかもしれないけれど)一向に見えてはこなかった。

 ……もしかして、この『長いトンネル』に出口なんて初めからなかったのかもしれない。そんなことを久美子は思った。 

 あの『長いトンネル』は、ただ永遠の闇の世界に通じている入り口しかない、あるいは『死の世界へと通じている通路の入り口』だったのかもしれない。

 そんなことを走りながら久美子は思った。

 でもそんな久美子に「大丈夫だよ、心配しないで」とさゆりちゃんが言ってくれた。

「そう。心配することないさ。全力で走っていけよ。三島」と信くんが言ってくれた気がした。

 だから久美子は走った。

 心臓の鼓動がどくどくと早くなっても、足がもう走るのをやめたいと言っても、走り続けた。

 すると、それから少しして、ずっと真っ暗闇だった世界の向こう側にうっすらと『小さな星のような光』が見えた気がした。

 それは久美子の見た幻影ではなかった。

 その光は確かに真っ暗な闇の中にあった。

 確かに光は存在していた。

 確かにこの長いトンネルには出口がちゃんとあったのだ。

「ほら、あそこだよ。あそこまで走るんだよ。三島」

「あともう少しだよ。頑張って。久美子ちゃん」

 信くんとさゆりちゃんが言う。

 うん。頑張る。

 私、頑張るよ。

 頑張って走って、あの光の中にまで、絶対に、たどり着いてみせる。

 久美子は全速力で走った。

 久美子は走って、走って、そして、その遠くに見えた光の元までたどり着いた。

 その光は近くで見ると、とても大きな光に変化した。

 その光は久美子のいた真っ暗な世界を照らし出し、闇を、その光によって、完全にかき消していった。

 久美子はその光の中に全速力で飛び込んだ。

 すると、強烈な光の世界が、まるで全速力でこの場所まで闇から逃げるために走り続けた久美子のことを祝福するようにして、膨張する宇宙のような、あるいは光の洪水のような現象となって、三島久美子のことを受け入れてくれた。

 三島久美子はその光の中で、ゆっくりと倒れるようにして、気を失った。

 三島久美子はこうして、闇の世界から抜け出して、外側にある光の世界にまで、逃げ出すことに、……成功した。

 おめでとう、久美子ちゃん。

 おめでとう、三島。

 ……ありがとう、さゆりちゃん。信くん。

 久美子は気を失う瞬間、二人の声にそう泣きながら返事をした。


 おめでとう。……本当に、おめでとう。


 まちのなまえ 終わり

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まちのなまえ 雨世界 @amesekai

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