第19話 仙界観光

「きれ~!こんなのはじめて」


大小様々な石や岩で構築されたアーチ等の構造物。

街路樹のように続くサンゴや海花。

幾多もの色鮮やかな魚群が、遊びまわるよう泳ぐ。

水中を流れる気脈は宇宙の流星群かのように、現れては消えまた現れるを繰り返す。

それら全てが水面からキラキラと降り注ぐ淡い光に照らされる神秘的な光景。


そこは潜水用の仙具がなければ溺死しまうだけの海底。

即ち水棲の仙道達が住まう『龍宮』と呼ばれる修行場である。



「今日一日は休養とするのでゆっくり休んでくれたまえ。それと問題ないのならば明日からは名所巡りでもしよう。本来の予定では見気の習熟が一定以上に達したところで、観光案内よろしく仙界ツアーをするつもりであったのだが、ひより嬢の覚えが良いので興が乗りすぎてしまったよ。はっはは」


見気の修行が一段落し、傾世公主に翌日から仙界ツアーの誘いをうけた。

ひよりは当然のごとく了承の意思を示す。

むしろ修行に入る前に案内をして欲しかったまである。


不本意な気持ちを物申したかったが、伝えたい本狐は「楽しみにしておきたまえ」と台詞を残し上機嫌で立ち去ってしまった。

不満が顔に出ているのに気づいたシュウは優しく微笑んだ。


「宿泊場所に移動しますのでついて来てください」

ひよりは言われるがままシュウに追従する。

どうやらゲート方面へと戻るようだ。


「ひよりさんは『初日から修行ではなく見学が良かった』とお考えになっていると思います」

「そそそ、そんなことないデスヨー」


図星を突かれ、明らかに動揺を隠しきれないひよりにクスリと笑う。


「大丈夫。最初に説明し忘れた傾世公主様がいけないのです。それに見気を優先したのには理由があります。」

「……理由?」

「はい。正直に申し上げて仙界に来たばかりでは分単位で集中しなければ気の流れを把握できていませんでした。それでは案内を受けたところで、どんな場所かを評価することはできません。今、この場所でもそうでしょう?」

「それは……はい」


ここに来たばかりの記憶では、自然豊な森林地帯という印象しかなかった。

だが同じ場所を映すひよりの視界には、木々から放出される気脈の流れや土壌に内包されたまま停滞している気量すら把握できている。

ひよりが遭難した山で大量だと感じていたと気などとは桁違いの場所だ。


「あなたは仙道となりました。ならばこそ周囲の気を把握するのはとても大事な要素の一つです。私たちは貴方に、この仙界こそが気脈に溢れ、仙道の修行に最も適していると実感して頂きたかったのです」


シュウは振り返り「それに…」と人差し指を立てて片目を瞑る。

「案内する各地には素敵な場があります。そんな場所で一々唸りながら気を把握させられていたら、そこには嫌な記憶が残ってしまうでしょ?」


突然の茶目っ気にひよりは目をパチクリさせる。

「明日は修行なんか忘れて楽しんでね」


宿泊場所までの間、シュウの一押しスポットは『龍宮』と呼ばれる海底で、初めて見た時は幻想的な風景に感動したやら、『炎生郷』と呼ばれる場所は火山内にあるので暑くて敵わないだとか、地元民の生の声を聞かされた。

彼女の話が上手だったからか、明日の見学が楽しみになる。


先に到着して設備確認していた芒野原から部屋の鍵を受け取り「私たちも暇ですので」と一緒に過ごし、その日は終了した。



翌日、宿泊先の前には船が鎮座していた。

船といっても観光目的で川下りに使われていそうなサイズだ。

船尾には傾世公主が座っており、挨拶はそこそこに「乗るがよい」と誘われる。

(もしかしなくても……飛ぶのかな?)


水もない場に船があるのだ、そう思うのも当然の事だろう。

ひよりに続き芒野原とシュウも乗り込んだ。


「うむ、ではこの仙具『遊覧航』の説明をしよう。気づいているかもしれないが、この仙具は空や水中、溶岩をも進むことが出来る。その際、周囲に膜を張り内部を過ごしやすい環境にしてくれるので安心してくれ。まずは一番遠い『龍宮』から見に行こう」


「では行くぞ」と聞こえたかと思えば100m近く浮かび上がり地上は遥か彼方。

そのまま直進するが、反動がない為VR空間にでも入ったかのように錯覚した。

後方へ移りかわる景色だけが移動している事実を肯定する。

予想外の快適さ…いやあっけなさに混乱するひより。


(……え?動いてるの?)

あまりの無反動っぷりに、船の横から後方へと視線をやる。


「あ~。わたくし達は慣れましたが、ひよりさんは初めてですものね」

「そういえば…始動時にGが掛からないので、違和感が凄かった記憶があります」

「ひより嬢、すぐに海中へと飛び込む。気持ちの整理をしておきたまえ」


その言葉に前方へと反射的に目をやる。

地平線まで広がる海原。

そこへと降下していく船。


「ひいいいいい?!」

「はっはっは~」

「懐かしいですわね……」

「私もされました……」


安全だと分かっていたとて、高速で近づく海面など恐怖でしかない。

当然、芒野原とシュウは正面を見ず、横へ目を逸らしている。

傾世公主など笑いながら上を向いている。


恐怖に顔を歪ませているのはひよりだけだ。


水しぶきを上げて突入した海中だが、道中と同じく衝撃一つ存在しなかった。

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異界仙路 ましゃ @masyaaaaaaa

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