第5話 決断
「やばおもろいじゃん」
「いや、普通に警察沙汰で関わらない方がいいでしょ」
通りに控えめに掲げられた「おでん」という赤い提灯を目印に細い路地へ入ると、小さな居酒屋「セカイ」が営業している。
世界中を旅したオーナーが多国籍料理を適当に提供しているが、メニューにおでんはない。
店内はオーナーが買ってきた世界中のお土産が所狭しと並べられている。
水曜日の夜7時。「セカイ」の店内の角のテーブルで「チーム闇属性」の会合が開かれていた。
「私も最初は、『殺人事件』とか妄想したんやけどね」
ねぎまの焦げたネギを咥えて串から引き抜いた。
「それはいき過ぎだけどね。俺はそういう危険に足を踏み入れないで生きてるから」
秘密基地のメモから辿り着いたインスタのアカウントをフォローすべきか、という私の相談に神田は反対だった。
「コンノさんは、なんで光希ちゃんのアカウントだと思うの?ヤバイ奴がコンノさんを罠にはめようとしてるかもじゃん」ササキさんは面白さ半分、心配半分といった様子。
「…光希っぽくないんよな」
「え?じゃあ尚更怪しいじゃん!」
「なんか私っぽいんよ、子どもの頃の」
「え?」
子どもの頃、「ナショナルトレジャー」や「ダヴィンチ・コード」といった映画のように謎を追って世界を飛び回る主人公に憧れていた私が、家で偶然見つけたチェキを使って編み出した遊びが「冒険家ごっこ」。
例えば、近所の公園の土管の中に宝物を隠した場合、土管の一部を撮影した写真を砂場に隠し、さらに砂場の一部を撮影した写真を違う場所に隠す。そうして、少しずつ宝物までのルートを作る。探す人は、スタート地点で受け取った最初の写真をヒントに宝探しの冒険に繰り出す。
「大人になって職を投げ出してそんな遊びするなんてヤバイって、病んでる」
神田は箸の裏を使ってツクネを淡々と串から抜いていた。
「病みそうだから飛び出したんじゃない?」
ササキさんは神田が串から抜いたツクネを次々に食べた。
「…光属性の光希の人生は順風満帆だと思ってたのにな」ツクネを食べた。
「ここで一旦、属性について考えよう。コンノさんの考える定義は?」
神田が話題を変えた。
「物事をありのまま見れるのが光属性、物事をネガティブに屈折させて見るのが闇属性」私が即答した。
「どういうこと?」
「闇属性は、自分独自に作り上げた分厚い『偏見フィルター』を通してしか世界の出来事を受け取れない」
「あーそれ分かるな。子どもの頃からいちいち全ての出来事に自分でネガティブな意味付けしちゃうんだよね」ササキさんがため息をついた。
「要は自己肯定感の差だよ。光属性はありのままの出来事を受け入れても傷つかないくらい、しっかりした自信を持ってるけど、闇属性にはない」
神田の発言に私もササキさんも大きく頷いた。
「物語の主人公は光属性しかなれないんだろうなー」私はビールをゴクリと飲んだ。
「闇堕ちするやつは大体主人公の敵役とか、最後だけ改心して主人公を守って死ぬ…とか、そんなだもんね」ササキさんがニヒルな笑みを見せた。
「いやいや、『ジョーカー』とかあるじゃん」映画好きな神田が目を輝かせた。
「観た後、『全ての幸せを喪失したような気分なった』って言ってたやん。私は幸せになりたいねん」ジョッキの残りのビールをグイっと飲み干した。
なんで「闇属性」になったのか。元々臆病な性格で素質はあったのかもしれないが、きっかけは恐らく中学時代の経験だ。
上下関係を作ろうとしてくる同級生を怖れ、自分の心を守ろうとしていたら、次第に分厚いフィルターが形成されていった。
変わりたくても一度形成されたフィルターは簡単に外せず、何をするにも斜に構え、正面から向き合わずに諦める癖がついた。
今も先輩からの理不尽な扱いに対して陰で愚痴を言うだけ。恋人も建前。現状に満足していないのに、変えるのを諦めている。この先に幸せはあるんだろうか。
いつも自信があり、周りからチヤホヤされていた光希も何か悩んでいたのだろうか。「光属性」を生きる光希の人生は、勝手にイージーモードだと決めつけていたのが悔やまれてきた。
光希の持ち去ったノートに書いた、子供の頃したかったことは何だったんだろう。
「お会計で」
イケメンのお兄さんが伝票を届けてくれた。多分アルバイトの大学生だろう。今日はマスターの「セカイさん」はいなかった。
「じゃ、明日からも頑張ろう」
駅に向かうササキさんと神田と店の前で別れて、夜道を1人歩いた。
途中立ち止まってインスタグラムを開き、「@mitsukiwosagashite」をフォローすると「リクエスト済み」と表示された。
闇属性女子冒険記 かみきの @kami-kino
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